猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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げに恐ろしきは
SNSの急速な発展に、使う側が追いついていないと思う今日この頃。
何でもそうだけど物事が便利になれば、向こうも使う側を選ぶということなのかしら。
そんなネット勢力に押される活字媒体の活路が芸能人の下半身事情のみということになると、
日本文化の危機や存亡にかかわる大問題だと思う。人の心ががさついて、果たして何が
正しいのか誰も分からなくなった時代。

一体何の事なのかさっぱりでしょ?
当然ですわ、私の中でもケリがついていない問題なのだもの、ホホホホホ。

<旧勢力>
SNSを始めとしたネットにおされる業界、出版不況にあえぐ活字勢が、一部でも発行部数を
伸ばそうと必死なのはビジネスとして当然。であればこそ、これまで硬派と呼ばれてきたお硬めの
週刊誌までもが見過ぎ世過ぎの是非もなく、こぞって芸能人のゴシップに雪崩をうって流れ込む
のも仕方のないご時世なのかと思う。活字離れの上に、もはや誰もが世界レベルで手軽に情報を
発信できるネットの時代にあって、かつての情報発信基地としての特権的な地位を失った
ビジネス媒体。週一の発刊メディアなんて、よほどのニュース性と取材力がない限り見限られて
いくのは当然のなりゆき。

そんな中、芸能人の不倫が恰好のおかずになったのね。

<不倫>
かつて芸能界には、不倫が文化と言いきったトレンディ俳優がいたし、恋人とされる若い
女優をともなって逃避行した大御所もいた。そういう行為そのものをやたらと美化した金妻系の
不倫ドラマや、失楽園的な文学が席巻した当時、強烈な刺激と世間を敵にまわした背徳感が、
非日常への誘惑をともなって流行したのね。実際、こうした道ならぬ恋は古来より文学作品の
大きなテーマの一つだったし、当時世間の主婦はこぞって 「許されない恋」 にたかっては、
テレビの前で紅涙ならぬ黄涙を絞ったものだった。すでに前足と化した二の腕をぶるんぶるん
震わせて、「あたしもママさんバレーのコーチといつの日か」 などという妄想に憑りつかれて
いたのだよ。そんなものは、見目麗しいイケメンと ≪妙齢かつ明眸皓歯な女性が目をうるうる
させて≫ 見つめ合うから絵になるのだ。≪高齢かつ魑魅魍魎な女性が下腹をぶるぶる≫
させて笑いをとっちゃ反則。

勿論、今も不倫はそこいら中。でも、以前とは何かと事情が違う。それまでは、子供をもつ
母としての世間体でかろうじてブレーキがかかっていた抑止力は、SNSの発達で見事に吹き飛んだ。
夫の給料で支払うスマホ経由でいとも簡単につながる出会い系という宝の山。好奇心旺盛な十代の
高校生から、それまでは手の届かなかった20代、30代の若い男まで。お手軽にアクセスできる
手段の発達と、不倫を語るサイトの閲覧でゆるんだモラルに拍車がかかり、年齢とともに湧き起こる
生の欲望に身をゆだねる。勿論、それに見合った低レベルの男が無尽蔵に群がるものだから、
きっちりと需要、供給のバランスがとれてしまう。

ここで私が女性に厳しいのは、こと体のことになるとレイプでもないかぎり、やはり最後のゴーは
女性が出すものだからよ。かつての 「秘めた恋」 とか 「許されぬ愛」 などというめんどくさい演歌
風味がない分だけ、今は情緒もへったくれもありゃしない。めっきりハードルの下がった淫靡な
世界で、日々けだものたちが病気を移しながら不倫と言う名の肉欲をむさぼっている。

昔の不倫に趣があったからといって、私が不倫を推奨しているわけではない。

西洋占星術の世界では、結婚を占う部屋が第七室になる。ホロスコープ上でこの部屋にどんな
星が入っているかで結婚運を占ったりするのだ。そしてこの第七室、実は仕事上のパートナーや
契約運を占う部屋でもある。西洋の概念ではたとえ占いであっても、結婚は人と人がかわす
「契約」 を意味する。そして恋愛運は第五室で占い、ここは 「娯楽」 や 「趣味、レジャー」 運を
占う部屋だったりする。含蓄のある分け方だと思うのは私だけだろーか。

生涯のパートナーとして 「契約 → 契 (ちぎり)」 を交わしたのであれば、不倫はやはり立派な
不貞行為。まして子供がいたりしたら、両親の不倫が子供の心にどれだけの傷を残すか計り
知れない。パートナーに対する重大な約束違反だし、「契約」 が意味する通り、結婚には本人同士
以外の 「家」 や家族等複雑な人間関係を公にまきこむことになるのだもの。

ま、あらかじめ家庭を壊す前提で行為に及ぶカップルはあまりいないと思うのだけど、
やっぱり不倫はよくない。男も女もあっちもこっちも全てこの手の中に!というのはないわ。

でもね、それと同時に人間てそこまで強くない。
人は元来とっても弱いもの。

もし不倫に踏みこんでしまって、そしてそれがばれたなら、謝るべきところはきっちりと
謝って、当事者同士が責任をとればそれでいいこと。問題に向き合うのはあくまで本人たちと
その周辺であって、他人がとやかく口を出す問題ではない。ましてそれが会ったこともない
芸能人の不倫だったりしたら尚更のこと、基本 「私たち」 には全然関係ないのよ。

<ベッキーのこと>
ことの始まりはベッキーさんだった。
最初に断っておくが、私は彼女のファンでもなければアンチでもない。よくテレビで
見かけるタレントさん的ポジション以上でも以下でもないのよ。でもここからは多少彼女の
擁護に入るので、「彼女は絶対許せません!」 みたいな人はスルーしてください。

この週刊誌は、ベッキーさんを皮切りに次々と芸能人の不倫を暴き立てて部数を伸ばした。
それまで私の中では、日本に残された数少ないジャーナリズムという位置づけにあったので、
なんだかとても裏切られた感じ。不倫相手の奥様やベッキーさん本人、そしてお相手のゲスな
乙女の人?を取り込んで、このネタだけでもかなり引っ張ったもの。

かつての微笑や女性自身の牙城を崩したこの雑誌の勢いはとまらない。一体この半年で
何人の不倫が取り沙汰されて、そして人々の記憶から消え去っていったのだろう。
私が書こうと思っている間に、なぜか情報をリークしたこの雑誌にベッキーさん本人が寄稿し、
そして引退をし、先日復帰してしまった。自分を貶めた雑誌で弁明をした時点でちょっと引いた
けど、ま、これが芸能界よね。

この雑誌報道が火付け役となってあぶり出された現代日本の現実。それがネットのもつ
恐ろしい側面と、そしてその背後にいる異常な立役者たちだった。

<嫉妬>
今回の一連の報道で、珍しくテレビメディアからネット社会の異常性への指摘が見られた。
確かに異常なのよ。

以前からこのブログでも書いてきた通り、みのもんた氏、猪瀬直樹氏、小保方晴子氏といった
面々が世間の誹謗中傷を一手に受けて、そして第一線から消えていった。火付け役はテレビを
始めとしたメディアとネットの混合戦で、ひとしきり持ち上げて、叩いて出てきたホコリを
ありとあらゆる方向から執拗に責めさいなみ、精神崩壊の淵まで追いつめるというもの。

それは、大泣き野々村や稀代の詐欺師、ベートーベン佐村河内、そして今回のセコハゲ
都知事といった電波ギリギリの人達とさえ区別されることなく、延々と続けられる集団リンチ
だった。でも、今回のベッキーさん騒動は、これまでの引きずり降ろしから更に一線を
画していた気がしてならないのよ。

そこにあるのは、透けて見えそうで見えない 「女の嫉妬」。

上でも書いた通り、私も不倫はよくないと思う。でも、だからといって実際に会ったことのない
芸能人の不倫にここまであからさまな執念や執着をもって執拗に貶めるというエネルギーに
サイコパス並みの異常性を感じてしまう。

先ほども書いた通り、不倫をしてしまったなら、当事者が真剣に向き合って解決すればいい
ことであって、それ以上でもそれ以下でもない。人様のプライバシーに他人が口をはさむ場面では
ないのだよ。でも、今回のケースは、何かが違った。こき下ろしの主体がテレビからネットに
うつり、しかもネット民のかなり絞られた層からの反発が強烈だったという点。話は冒頭に戻るけど、
要は世の奥様方が先陣を切ってテレビスポンサーにまで電話をかけていたという事実。普通に
会社に行ってたらできない芸当だ。

げに恐ろしきは女の執念。ベッキーさんがTVにでるや、10分で1000件を超える苦情の電話が
入ったという。独身女が夫と不倫したら、世の主婦の立場が危ういものになる。自らの立場を守る
ためにも不倫は許せないんじゃ!というのが本音?いえいえ、だって主婦の方でも私生活が
充実し、人間的に深みのある方々はこんな芸能人ゴシップにかかずりあう意味も時間も
持ち合わせていないのよ。

苦情申し立ての主婦は、ベッキーさんがカワイイ独身の売れっ子だったから嫌だったの。

例えば売れない演歌歌手の紫艶は桂文枝と不倫した上、自分の垂れ下がった乳もろとも
リベンジポルノで文枝師匠の股間も晒したわよ。20年も不倫された上、全国に夫の股間を晒された
師匠の奥様の心境たるや。さらに、政界に打って出ようとした乙武氏を次々と食した介護不倫の
女たち。動かないよう器具のように 「セット」 して行為に及んだと暴露された奥様の気持ちは?
それ以外にも、それこそ妻同伴で謝罪会見 (一体誰に対する謝罪よ) の米米CLUBの石井竜也氏
から、今回のファンキーモンキーに至ってはお子さんまで....

ベッキーさん叩いて芸能界追放するなら、なぜ同じように他の不倫女を叩かないのよ。それにもし
叩くなら、独身の彼女よりまず既婚の相手男性を叩くべきではないの?どこのサイトも 「ベッキーが
許せない」 のワンフレーズでかまびすしい。誰一人として理路整然と 「なぜ彼女が」 悪いのか
説明ができない。「ダメなものはダメ」 「生理的に許せない」 「優等生ぶって」 などなど。
だから女は好き嫌いでしかものが言えないと言われるのだ。

優等生ぶってなどと、自分が勝手に一タレントに対して抱いたイメージを一般化できる低能さ。
タレントイメージなんて嘘ついてなんぼですが何か?そういうセルフプロデュースができる人を
タレントと呼ぶのだよ。彼女のなにを分かってこういうことが言えるのかイミフだし、そもそも
自分たちと同等に扱っている点が理解不能。さらに冷静に考えるなら、不倫の道義的
責任よりも、LINEのリークが犯罪だという事実になぜ誰も触れないのだ?甘利さんの時も、
賄賂用札番号のコピーや、賄賂引き渡しに週刊誌記者の同伴なんてすべてが雑なのに、
マスコミの目くらましにうまく騙されてヒステリックに糾弾の日々。アホまる出しじゃないの。

かつて手の届かなかった銀幕のスターや歌舞伎俳優。独特のオーラを放つ昭和のアイドルと
違って、今は庶民的な芸能人がもてはやされる。会いに行けるアイドルAKBがその代表格だろう
けど、こうしたイメージを売る人達と自分との境界線がいつの間にかあいまいになってしまったのね。
例えば冒頭のSNS。ツイッターやブログで気軽にコミュニケーションがとれるから、勘違いのし放題。
先日刺されたアイドルもそうだった。

しかも女の嫉妬は、文枝師匠や乙武氏の不倫相手、さらに狩野英孝の二股モデルみたいに、
単に性別が女というだけの微妙な生き物には触手が伸びない。

同じ不倫でも、“なんだかなぁ” な不倫女性に対しては、出所のわからない優越感で
むしろ女性としてさげすむ精神構造。だからどうでもいいのよ。一方で、売れっ子の独身で、
ハーフのベッキーさんや矢口真里氏のような 「男に媚びを売」 って 「女を武器に売」 る
女性タレントは主婦総体の敵だから、叩き潰さないと女としての沽券にかかわる。

だったら皆平等に叩きなさいよ。それ以前に、芸能人のゴシップにわざわざ苦情電話入れる
ようなみじめな生活から足をあらうプライドを持ちなさい。「ベッキーの不倫が子供に悪影響を
およぼすのでぇ」 って。眉間にシワよせてしつこくテレビ局に苦情入れる母親の姿の方が
よほど教育に悪いわい。もっともらしい言い訳くっつけて人叩く暇があったら、自分の人生を
充実させればいいと思うの。

自分より優れた誰かを引きずり降ろしたい、そんな気持ちに加えて、今やネットというおもちゃを
与えられた人達は、言い知れぬ全能感で何かを勘違いしてしまったのね。

<全能感>
これはマスコミのせいもあると思うけど、あまりに世間の庶民感覚とかけ離れた番組構成や、編集
という名のやらせを連発してきたがために、視聴者のテレビ離れを引き起こしてしまった。そこに
渡りに船とばかりに登場したネットという代替媒体。ここを炎上させることで、自分たちが消費者で
あるという市民意識に気づいたのだと思う。

嫌な事があれば、スポンサーの威光を楯に苦情を申し立て、不買運動をエサにキャストや制作に
口をはさむようになる。そのうち、いくつかのケースで成功すると、今度は何度も同じ手を使って
テレビやスポンサーを恐喝するようになってしまった。自らが手にした全能感。

ベッキーさんの時も 「ネット民が絶対に許さない」 「スポンサー覚えてろよ」 「二度と芸能界に復帰
させない」 「擁護派は事務所関係者」などなど。たかが芸能人のゴシップに、責任の及ばない匿名
スレッドで威勢のいいこと。上から目線の一方的な断罪は一体何様ですか?誰もあなたたちに
世論誘導や、まして社会正義を振り回して一人の人間を追いつめて下さいなんて頼んでいない。

幼稚園以来培った日本人社会のいじめの縮図。こんな大人を見て育つ子供がまっとうに成長する
わけないのよ。今あなたたちがやっていることは、やきもちをベースにした集団リンチで、スポンサー
に対する脅迫であると知るべき。毎日会社に行って日本のために税金を稼いでいる社会人には
こんな暇ないのだけど。どうせやるんなら正々堂々と正面勝負で行きなさいよ、卑怯者。

と、社会の片隅で白目をむくトウのたった女が一人...

<非寛容社会>
そんなことを考えていた先日、ふとテレビをつけるとこんなタイトルの番組をみつけた。勿論、
見ちゃいない。見なかった理由は二つ。ふん、何を今さら。こんなもの私を含めずぅっと前から
みんなが思ってきたことじゃ、という反発が一つ。二つめは、この番組を放送していた局の問題。
ここはかつて小保方さんと理化学研究所の元副センター長、故笹井氏が、それこそ今日の
テーマである 「不倫」 関係にでもあったかのような番組で叩きつぶし、彼を自殺に追いやった
張本人。よくも人一人殺しておいて (社会的抹殺のみならず物理的にもね) 非寛容社会だ
などと恥知らずなお題目を唱えられたものだと思う。

人を妬み、嫉み、そして自らは責任をとらずに済む 「匿名」 という安全圏に住みながら、日々
ターゲットを変えて口撃と引きずり降ろし。成功者が羨ましくて羨ましくて仕方ないのね。こうした
嫉妬に根差した負のエネルギーは本当に強いし、こんなことがまかり通っていて世の中が良くなる
訳ない。矢口真里氏のコマーシャルが例の 「スポンサーへの苦情」 で潰されたようだけど、復帰後
のベッキーちゃんに関しても同じようにしつこい嫌がらせが、これからも続くんだろうな。

<私なりに>
いつも言ってることだけど、人は一人一人意見が違って当たり前。何でいつも自分が正しくて、
意見が違う人は叩かなくちゃいけないという思考になるのか分からない。私はここまで書いてきた
人達とは決定的に考え方が違うと自覚しているし、だからといって相手を変えようなんて微塵も
思っていない。そもそも人は変わらないのよ。唯一変わったり成長ができるのは、当の本人に
よる気づきしかない。その本人に自覚がないタイミングで、はたから何を言っても恨まれるだけ。

でも一つ言えることは、人に対してここまで負のエネルギーを注ぎ続ける人たちが、自分たちの
人生を幸せになんかできるわけがない。成功者が羨ましいのは誰もが一緒。だったら、あること
ないこと書き散らして足を引っ張るより、「じゃ、自分も自分の人生を輝かせようっと」 っていう
感じにはならないのかしら?

勿論、私も人の事が言えた義理じゃあない。会社にたった一人いる大っ嫌いなヤツに
対しては、日々帰りの電車の中で、今すぐ 「首に重石くくりつけて」 インバ沼に沈めてやりたいと
ビームを発射したりする。するとすぐに二人連れのOLが現れて、電車に乗り込むと同時に
同僚の悪口が始まるのだ。実際、車内で聞き耳をたてると、そこかしこで誰かしらの陰口を
囁き合っている。

そんなとき、私はあららと思う。きっと私が招き寄せたのよね、こういうの。

スパッと気持ちを切り替えて、猫のこと考えたり、今夜のお献立を考えたり、iPad 取りだして
アライグマが飼い主のスマホを洗う動画見たりしてなごむようにしている。人の悪口と
自慢話って、誰がどこで聞いても嫌なものだもの。

冒頭に書いたように、SNSの広がりは使う側にもモラルを求めてくる。
それは感情のままツイッターに暴言を書きこんだり、今回のように誰かの誹謗中傷を
書き連ねてみたり。学生やバイトのバカッターよろしく、それが社会的にひんしゅくを
買う行為であるとさえ分からずに動画を投稿して炎上したり。究極は処刑した人体を
全世界にネット配信するISISの人類に対する冒涜や、人間の尊厳に対する
挑戦だったり。

使う手段やメディアは違っても、やってることの根本は同じ。
どんな状況になっても自分だけが正しいなどという傲慢な勘違いはしたくない。

今の日本には、目に見えない何かが広がっている。




お久しブルマ
新年あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。

更新のない間も、毎日このブログを見に来ていただいた方々に
心より感謝いたします。

さて、前回の記事の冒頭が 「太陽きらめく8月9日」 などと真夏の書き込み。
新年も明けてすでに5日が経つのだけど、この半年間、本当に色々なことが起きた。

世界情勢が目まぐるしく変わった昨年後半は、図らずも前回の記事 「平和の鐘」 や、
丁度一年前の 2015 年 1 月の記事、「私はいつも正しい」 に書いていた通りの
展開になってしまった。

そして今年も年明け早々、上海株価暴落でサーキットブレーカーなる中国政府による
相場のインチキ操作とそれにともなう世界株安、相変わらず人殺しのバリエーションを
楽しむイスラム国、さらにドイツでは北アフリカ系移民によるドイツ人女性の集団暴行と
ほんの5日ですでにお腹いっぱいになった。これ以外にも慰安婦はごちゃごちゃ、
アメリカのトランプやロシアのプーチンが切れたり、中国が南沙諸島に飛行機飛ばして
何が何やら訳が分からなくなっている。

特に恐ろしいのが、切羽詰まったサウジアラビアの暴挙。石油価格の下落で国家
経済が立ち行かなくなったのは、これまでのボーナスステージ中に 「来るべき石油枯渇」
にむけた産業の育成を怠った、他ならぬ彼ら自身の責任なのだけど、まさにこれが
資源輸出に頼るレンティア国家の限界。石油が枯れる前に、原油価格が暴落
してしまった。

軍事基地まで作って守ってくれていた盟友アメリカが、サウジの宿敵イランとの
関係正常化に動いたのも面白くなかったのだと思う。いずれにしても、国内の
シーア派有力者を勝手に死刑にしておいて、国交断絶宣言はないわ。

国力的には互角のアラブ人とペルシャ人が、スンニ派とシーア派に分かれて
の戦争に突入するものやいなや。さらに今はおとなしいイスラエルが、ユダヤの
ヨベルの年である2016年、エルサレムにあるイスラムの岩のドームを破壊して、
宿年の悲願、第三神殿建設の暴挙に出るかどうか。

ISIS からやっとの思いでラマディを奪還したばかりのイラクや、和平調停に入ろうか
というシリアに、イスラム国やハマス、ボコハラムが絡み合い、ここにサウジとイラン、
イスラエルが乱入すると一体どういうことになるのかしらん?

トルコへの経済制裁で自らの首をしめていたロシアは、ウクライナのデフォルトを
宣言したばかり。頼みの綱の地下資源は売れず、ドイツに泣きつこうにも、VW 問題と
難民対応、そしてお得意さんの中国経済減速で、ドイツ自体が危ないという現実。
ロシアにももう後がない。

そして中国はといえば上海株価に加え、日本ではほとんど報道されない雲落暴動で
1000人規模の死傷者が出ている模様。暴動の主体が中学生というのだから、もはや
国内の不満は最高潮に達している。次のASEANで吊し上げにあう前に、市民が人工島
に上陸したフィリピンに仕掛けるか、現地で漁船に体当たりを続けるベトナムにちょっかい
を出すか、はたまた日本の尖閣に手を出すか。経済、内政、環境、外交のすべてが
行き詰って、もう戦争しかないものね。



前回のブログを書いた後の私は、あまりニュースを見なくなっていった。耳と目を
ふさいで、アウアウ状態の毎日。会社帰りに学校に通ったり、美術館めぐりに精を
出したり本を読んだりと、小市民的な幸せにどっぷり浸かって毎日を楽しんでいた。

だって自分の中で何一つ解決できずに消化不良のまま、それでも神経を
すり減らすんだもの。海外の悲しい出来事に気持ちがつながってそれに感情移入を
すると、怒ったり悲しんだり自分に関係のないところでどんどんエネルギーが
奪われていくあの感覚。

ひとしきりイライラしたところでふと我に返ると、この時間は一体何だったのだろうと
思ってしまう。世の中の不条理や、自分の人生に降りかかる数々の変化を、この歳に
なっても未だうまく処理しきれていない私。

そんな自己嫌悪に陥るのも嫌な私がしたことといえば、フィギュアスケート選手、宇野
昌磨君のフリープログラム、プッチーニ 歌劇 『トゥーランドット』 を何度も再生して号泣して
みたり、お気に入りの市川崑監督の横溝正史シリーズの映画をセリフが出てくるまで
見返したり。おかげで、獄門島での浅野ゆう子のキ○ガイっぷりや悪霊島の岩下志麻様
オナ○ーシーンで、また新たな発見をしてしまった。

クリスマスには、東京国際フォーラムの向いにある輸入雑貨のお店できらびやかに
回るメリーゴーランドに見とれて口が半開きになったり、丸の内のイルミネーションを夜な夜な
徘徊して、お正月をすべて風邪で寝込んだり。かと思えば、銀座界隈でベトナム料理の
お店開拓に励んだりと、あまり意味のない生活に命を燃やしてみた。

それとなく 「ニュースに振り回されない」 日々を送っていた最近、仲良しのブロガーさん
たちから、マンスリーブログが七夕ブログに?などと、メリクリからあけおめまでたくさんの
コメントをいただき、とうとう再開の運びとなりました。

また、最近読んだスピリチュアル系の本で、こういう世の中の不条理や自分の人生に
起こることを、単純に 「経験」 の一つとして客観視することで、余計な事に巻き込まれない
自分になるというくだりを読み、ちょっと試してみようかなと思ったのよ。

これだけ感情の起伏が激しくて、土足でグサグサ切り込んでいく性格の私が、感情
移入のない客観視などと片腹痛いのだけど、自分を守るためにもトライしてみようかなと
思っているところ。

果たしてどうなることやら。

きっと次の更新では、すぐにまたロビン太っとい、とか、ハーミデーターみたいなシモ関係に
戻ると思うのだけど、新年に添えてささやかな今年の抱負でした。

今年も皆様にとって素晴らしい一年になりますように。
本年も重ねて宜しくお願いいたします!



平和の鐘
太陽きらめく8月9日、今年も長崎の夏空に平和の鐘が鳴り渡った。

今年は日本が敗戦を迎えて70年の節目の年。

そして今年、日本と戦ったことのない中国共産党が、大戦から4年後に成立した中華人民
共和国で 「抗日戦争勝利70年」 パレードを行う。参列者の中には、同じく戦後に誕生した
大韓民国の大統領らに交じって、潘基文国連事務総長の顔もある。

ウクライナ問題、シリア内戦、ISやボコハラムに加えて、欧州を覆い尽くさんばかりの移民
等、山積する問題のすべてを無視して、ロシアや中国の軍事パレード参加に忙しい国連
トップ。移民はEUの問題ではなく、国連の管轄ではないの?国連高等難民弁務官という組織は、
潘基文あなたが統括して動かさなければならない問題なのではないですか?

国内では国会議事堂前にいかがわしい恰好をした人々が寝転がり、口々に 「戦争反対」 と
呪文を唱える。インタビューに答える主婦が一言 「このままでは、子供が戦争に送り出されて
命を落とすのでぇー」。

あなたの大事な子供が成長して戦地に赴く前に、他国から飛んできたミサイルで死にますよ、
と突っ込んでみる。ノーベル賞受賞で舞い上がった物理学者が何を勘違いしたものか、
「安倍のやつが」 と口角泡を飛ばす。

日本人一億三千万人の生命や財産を守る気概も決断もないのに、口だけ番長が恥ず
かしい。まして一国の首相を公の場で呼捨てにできる社会常識のなさ。まぐれ
あたりで得た僥倖も、所詮は象牙の塔で培った世間知らずで身の程知らずな幼児性で、
最後はこうして馬脚を露してしまった。晩節を汚すとはまさにこのこと。あのご年齢で
この人間性では、もはや手の施しようがないもの。

本来、一国の安全保障は 「憲法解釈」 と切り離して考えるべき。そして憲法は人間のため
にあるのであって、人間が憲法のためにあるのではないのだよ。時世に合わなくなれば、
「人間」 のために 「人間」 が憲法や法律を変えればいいし、一旦変えたらその法の精神の
もと、法治国家として順守していけばいいだけのこと。

そんな憲法学者が机上の空論を振りかざし、砂上に楼閣を作り上げる。

あのね、餅は餅屋、学問は学者、そして政治は政治家。
参考に憲法解釈を聞かれることはあっても、その後の決断は政治家の領分だ。まさに
絵に描いた餅のお花畑理論を強要するのは越権行為ですよ。学者さんたちだって、全くの
門外漢に 「あなたの学説はすでに傍流で全くの役立たず」 と罵られたら面白くないはず。
ここぞとばかりに妙な正義感を振り回して、出たこともない社会にしゃしゃり出てこなくて
よろしい。黙ってそのまま象牙の塔に引きこもりなさい。

映画界と女優が声をあげる。

「私たちは戦争に反対です!」

何を今さら。日本全国一億三千万人の一体誰が戦争に賛成しているのですか?誰も
戦争なんかしたくない。「自分たちだけがこの法案を止める日本の最後の良心」 とでも
勘違いされていらっしゃる?そういう傲慢で不遜なヒロイズムは映画の中だけにしてください。
声をあげられない他の日本人に対する冒涜以外の何物でもない。

そもそも何でこの法案通過が戦争法案で、子供が戦地に行くことになっているのだろう。

そんなにおかしいと思うなら、国会前で学生におまじないを唱えさせる前に、具体的な
対案をだしてごらんなさい、民主党。万年野党の負け癖がしみついて、もはや選挙と
政争の具しか眼中にない上に、所属議員は陳さんとか白さんとかよく分からない。

なんで日本の税金使って在日外国人の利益を追求しなければならんのじゃ。この日本で
勝手に移民受け入れ法案の検討なんかしなくて結構。国会で女性議員をなぎ倒しておいて
謝罪もできない民度は、一体どこの国の人達かと思う。議員の資質以前に人間として
終わっている。

人間関係同様、国と国との間にも外交がある。つまり相手がいるということを前提に話を
進めないと、ただの自分語りになってしまう。「日本には憲法9条があります」 がいつまで続くと
思っているのだ。何で9条はISの手から後藤さんや湯川さんを守ってくれなかったんだろう。

同じように今回の安保法案だってどこまで有効なのかなんて未知数。でも、これは対外的に
日本の立場を明らかにする法整備なのだ。それが証拠に、中韓と日本のマスコミ以外の
諸外国は非常に好意的なコメントを出している。日本は法治国家だからこそ、いざという時に
日本の法律の枠内で対応できるように法整備をしておかなければいけないのだ。

さらに日本を取り巻く国際状況がこれまで通りでないということは、「報道しない自由」を
謳歌する日本のマスコミを透かしてさえ見えてくる。もはや予断を許さないというのが誰の
目にも明らかだというのに、なぜか自国民が率先して攻撃的に足を引っ張り続けている。

こうした安全保障法案に反対をする人々の背後にあるのは何だろう?

沖縄のキャンプ・シュワブで 「警官」 に暴行を加えたとして 「韓国人男性」 が逮捕されたと
いうニュース。その理由が、反対デモに参加していた妊婦の妻を、警官がこづいたから
とのこと。なんで日本の安全保障反対デモに韓国人がいて、しかも妊婦の妻をデモに
参加させた上、警官に暴行を加えているの?そしてこれを不当逮捕だとして、SEALDsなる
得体の知れない団体が情報を拡散している。何だかよくわからない。

しかもあの県のトップは国連 「人権」 委員会で、日本政府とアメリカ政府がすでに結んだ
国家間の協定の是非を訴える。一県知事ごときが中国で李克強と会ったり、ジュネーブの
「人権」 委員会に申し立てをする?沖縄県民は移設に前向きの民意に対して、誰の利益と
人権を守るためわざわざ税金を使ってジュネーブくんだりまでいったのだろう?とても
日本人のメンタリティーとは思えない。

世界が動いている。

移民につぶされたヨーロッパにはもう行くことができないかもしれない。難民はそのまま
居着いて移民になり、退去させるのが難しくなる。しかもシリア難民に紛れて、多くの
経済移民やテロリストが国境を超えている。キリスト教とイスラム教が相容れないのは
これまで2000年の歴史が物語っている。治安の悪化とともに湧き起こる当事国での
ナショナリズムと、それに伴う排斥運動。悪化する財務状況と失業、そして社会不安という
悪循環は、すでに難民を受け入れた先進諸国で起こっていることだ。

大々的な難民受け入れを表明したEUの盟主ドイツは、このタイミングでワーゲン社の
不正が発覚。アメリカ発のスキャンダルで、おそらく会社の屋台骨が傾くことは間違いない。
ディーゼル車を押し続けたワーゲンがディーゼルでつまづき、ドイツ経済そのものに与える
影響は計り知れない。中国べったりのドイツ経済は、中国経済の衰退で打撃を受け、
ギリシャの負債や移民の受け入れ、そして今回のワーゲンでとどめをさされる。そして
ドイツが終われば、EUも終わるのだ。

訪米中の習近平とオバマ会談、日本から資金を引き出したいロシア、そして日本海に
ミサイルを打ち込み続ける北朝鮮や断末魔の韓国と、すべてが動き続けている。

そして日本人 (!?) は、国会議事堂前で道路に寝転がる。


春は桜、夏は花火、秋は紅葉、そして冬の雪景色。お正月のこたつを家族で囲む幸せ。
そんな日本の四季折々の日常を失ってはいけない。誰一人戦争など望んではいないのだ。
だからこそ、日本人は一つになってこの難局を乗り越えていかなければならない。

みんな戦争に反対。

来年もまた長崎の空に、平和の鐘が鳴り響きますように。





ビガーパンツとバージンピンク
前回の記事から一ヵ月以上、随分とまた長いこと放置してしまった。

その間、コメント欄を閉じているにもかかわらず、拍手コメ欄を利用して80件を超える
励ましのメッセージをいただいた。いつも見に来ていただいているだけでもありがたい現状、
こうしてまた心温まるコメントの数々に背中を押されてブログを更新している。

放置プレイのブログを足しげく訪れていただいた皆様、そんなブログで拍手を押していただいた
皆様、更にコメントを書いていただいた皆様、本当にありがとうございました。

最近の私は、極力ミーちゃんのことを考えないようにしている。相変わらずフレックスを利用
して美術館めぐりをしたり、美味しいパスタを食べに行ったりと流される日々。ある日、ぼんやりと
放置プレイでままならない自分のブログを開くとスポンサーサイトの広告が張りついていた。

 「え...2週間飲むだけで貧乳とサヨナラできるって!?」

一体何故ゆえにミーちゃん死亡記事の真上に貧乳広告がでるのじゃ。巨乳だとか貧乳だとか、
トップとアンダーの差が乳首などと、何だか私が貧乳の宣伝をしているみたいで気恥ずかしい。
最近世の中は人々の劣等感をかきたてるこの手のコピーであふれている。人は千差万別、
見た目も個性も違うから楽しいというのに。こういう 「何か足りない」 ことをこれでもかとグリグリ
ねじ込んで崖の先まで追いつめるコンプレックス商法を、名付けて 「劣等感ビジネス」 と
呼んでいる。

別に命名者を名乗るほどの中身でもないのだけど、このビジネスは何も女性だけがターゲット
ではないのだ。子供の頃、クラスの男子に借りて読んだジャンプ。その後ろの方にかたまって
載っている掲載広告は、今考えても 「劣等感ビジネス」 の宝庫だった (以前ご紹介したダッチ
ワイフの 「南極ゼット号」 もそんな広告: 2014/2/18記事 “南極ゼットン” )。

青白いガリ男が、美女に囲まれたマッチョを見ながら 「人は私を貧弱な坊やと呼んだ」 と
つぶやいて始まる4コマ広告。そこで彼が出会ったのは、奇跡的な体を手に入れるための器具、
魔法のブ◯◯ワーカーだった。4コマ漫画の最後では、魔法にかかってマッチョになったガリ男が
今やビーチの中心で美女に囲まれハーレム状態に。まさに現代版ライザップの器具
バージョンだ。

この時代は、筋骨隆々な男が全盛期だったのね。価値観が多様化した現在、男たちは
こぞって日焼け止めを塗って眉を整え、全身脱毛を繰り返す。肉食系女子が、草食男子や
「たおやめのやおい男」 に触手を伸ばす今となっては、この劣等感ビジネスにも暗雲が立ち
込めてと思いきや...

時代のニーズが変わっただけで、結局脱毛クリームや男性用ブラなどという新手のグッズに
とって変わっただけ。中でも、男性誌で一番キョーレツだったのがビガーパンツだった。

妙に耳に残る濁音 「びがー」 の響き。このカタカナビガーの意味を初めて聞いた時は、
まさに目からうろこだった。ビガーパンツの名前は見ていたけど取り立てて説明を読んだ
ことがなかった私は、きっと 「トリンプのヌーブラ!」 みたいな普通の下着だと思っていた。

それは大学生の頃、クラスメートの男子とヒランヤ (これも魔法グッズ) をネタにし笑って
いた時、ふと頭をよぎったのがビガーパンツ。これについて是非追究してみたくなった。

 「ねえ、ビガーパンツってなんであんなにお高いの?」

しばし絶句する男子全般。そして一人が口を開いた。

 「big、bigger、biggest」
 「だから何よ」
 「つまりパンツの中のナニをビガー (bigger) にする魔法のパンツなんだよ」
 「アウアウ」

まさか英語だったとは。しかも比較級。
ちなみに実際このまま訳せば、パンツ自体のサイズが他よりも大きいという取り立てて
意味のないネーミング。更にアメリカ英語ではパンツがズボンの意味なので、他より
デカいズボンみたいな。

この記事を書くために、このビガーパンツが健在なのかを調べてみたら今も amazon や
楽天で叩き売りしててワロタ。ちなみに amazon はクリックしていない。今後 amazon で
検索する度にビガーパンツお勧めされたらたまらないもの。このパンツの機能について更に
興味のある方は、私の大好きな Yahoo 知恵袋をどうぞ。私のようなアホな人が “やっぱり”
質問してたのでご参考まで↓

ビガーパンツとは何ですか

これ以外にも、男心をくすぐる劣等感ビジネスにヅラがある (ちなみに私は髪の薄い
人に惹かれたりする傾向がある)。韓国のユン外相や沖縄の翁長知事がテレビ画面に
大写しになるたび、浮きまくったヅラがガバガバで心底切ない。ご本人たちだけが世間を
だましたつもりの別な魔法にかかっていらっしゃる。森の奥に住む悪い魔女の魔法で
死に絶えた毛根は、もはや王子様のキスでももとに戻らないと誰かきっちり教えて
あげてちょーだい。えいっともみあげを両手でつまんで竹とんぼのようにグルグル
回して差し上げたら、ヅラと一緒に浮き上がって宇宙の風に乗るかしら。髪が
あってもなくても、bigger でもそうでなくても自然が一番魅力的なのに。

女だって負けちゃあいない。

むしろ男性ほど思い切りがよくない分だけ、女性の劣等感ビジネスの方がえげつない。
一般消費者モニターという名のさらし者たち。ダイエット食品使用のビフォーアフターで
全国放送に自慢の三段腹をさらした上、自分でつまんでブルンブルン振り回したりしている。
すっきりと痩せた美魔女を目指して、すっぽんを継続ちゅう。

三週間後 “ウエスト20センチ減、体重はなんと驚きの20kg減!” などとやらかしている。
皮がたるんで進撃の巨人ぢゃないの。デブの20kgなどトイレ一回分じゃ。

「見て見て、この肌のハリとツヤ!」 私にはむくみとテカリにしか見えませんわ。
「こう見えて私50歳の美魔女、娘のボーイフレンドにナンパされました」 私には十分60に
見えますが何か?美魔女などという劣等感ビジネスのうたい文句におどらされて、地方の
ゆるキャラみたいなおばさんが自分語りを続ける、続ける。

娘のボーイフレンドにナンパされたと自慢する親子どんぶりな母があまりに痛いのよ。
美魔女って足なんかマジンガー Z じゃないの。すっぽんの生き血すする前に自衛隊入って
尖閣を守れ! 「くしゃみやコンサート立ちの尿漏れと匂いが気になって」 「そりゃ、ナプキンや
ないでっ」 って、テレビでいうな。 「これでドロッと経血も安心!」 とか、節子、そいつは
あかんやつや。 「このお茶で20日間出なかったお通じがスルッと全部」 などと、おばはんの
大便放出に興味があるのは何段階行って来いのマニアじゃ....もの売りが手段を選ばなく
なると、世の中はここまで殺伐とする。まさに阿鼻叫喚だわよ。

えげつない商品群の中でもひときわ異彩を放っていたのが 「バージンピンク」。なんだか
すでに商品名でネタバレなのだけど、このうたい文句が 「黒ずんだ乳首を輝くバージン
ピンクに!」。どんなにイケイケでヤリ◯ンの限りを尽くしても大丈夫。たったひと塗りで
あーら不思議。真っ黒に黒ずんでしまった乳首やデリケートゾーンがバージンピンクに
早変わり! 南京玉すだれ。

そもそも何もしてないのに生まれつきメラニン色素が濃い人だっている。小学生の頃に
プールでいじめられていた美佐ちゃんがそうだった。乳首が黒いといじめられる女児とか
世も末だわよ。

とにもかくにも、やることやっていながら何事もなかったことにしてピンクにリセットなどと、
女と言う生き物は相当にあざとい。ブカブカのヅラかぶって世間をあざむいた気になって
いるおじちゃんなんてまだ可愛いわ。あれほどのデブスでありながらヅラのおじちゃんを
次々と手玉にとっては、 「私は名器」 (と産経新聞に書いてあったのだが.....) と言い
放った木嶋佳苗はある種勝ち組、いまだ現役の女。最近、獄中結婚して人生を
謳歌している。

きっと未婚の私は力士佳苗以下なのね。昔、某アイドルが引っ越しする際、引っ越し
業者がベッドをずらしたら、その下から使用済みのコン◯ームがたくさん出てきたという
都市伝説。面白がって話す私に向かって友人が一言、「ウォーリックのベッド動かしたら
未使用のがたくさん出てきそう」 と言われて井戸の底に沈んだ。未使用のアレを日々
着々とベッドの下に貯める女・・・いっそのこと出会い系とかはまってみようかしら、
私の劣等感ビ・ジ・ネ・ス。




人間には向上心があって、みんな少しでもきれいでありたい、若くありたいと思うのは
当然の欲求だと思う。それが当たり前だし、そうあるべきだわぁと私でさえ思っている。
でも、それが過度になって自分を見失うと人生さえ狂わせてしまう。

ダイエットから拒食と過食を繰り返して生理がなくなってしまった高校生、痩せると言われ
薬物に手を出したモデル、そして某大女優や女王と謳われた女性歌手も芸能界で流行って
いたお茶と整体師にひっかかり亡くなった。こうなると本末転倒、きれいになる前に命が
なくなってしまうのだもの。

見た目の造形美を超えた魅力をもたらす力、時に雰囲気だったりオーラだったり。
デブでも “感じのいい人”、痩せていても “険のある” 表情の人。こうした醸し出す雰囲気
は男性にも言えること。髪の毛なんか一本もなくても心から頼れる人だったり、体がヒョロッと
していてもその場のムードメーカーだったり。不思議なもので、人間はこうした他人が醸し
出す目に見えない雰囲気をもの凄いスピードで察知するのだ。

自然が一番。アナと雪の女王ではないけれど、ありのままが素敵だな。

より高く向上したい、そんな 「意識高い系」 の人を狙った劣等感ビジネスにご注意。
それは売り出している側の責任というよりも、それに振り回されるこちら側の責任。

それからテレビCM、もう少し自重しる。
あまりに下品で私が喜んでしまうではないの!




追記
久しぶりの更新なのにちょっと下ネタだらけなので、最後に一服の清涼剤。
大好きなコクリコ坂から 「さよならの夏」。私の恋愛観はまだここいら辺で止まってます。
街角で流れる度に涙が溢れて恥ずかしく...こっちが本当のわたしよ~ガハハ

まずは永安という方が中国の二胡という楽器で奏でた 「さよならの夏」↓

さよならの夏 - 永安版

そしてオリジナル、手嶌葵さんの 「さよならの夏」 です↓

さよならの夏 - 手嶌葵版



さようなら、ミーちゃん
2015年5月11日午前3時30分、ミーちゃんが天国に旅立ちました。


赤ちゃんのミーちゃんが初めてうちに来たのは15年前の6月28日。
手の平サイズの mix で捨て猫だった。道端で泣いていた子猫があまりに可愛くて拾って
みたフランス人。でも、旅行も帰国もできないと気づくや、早々に手放したいと引き取り手を
探すことになる。捨て猫に逆戻りするところをギリギリで引き取ったのが、彼女との初めての
出会いだった。バスケットに入れられて家に来てから3日間、ベンジャミンの植木鉢の陰に
隠れて出て来なかったなぁ (^∇^*)

そして3日後、植木鉢の陰から出てくるや私の手をなめて 「ニャ」 と一言。今思えばこれが
「今日からウチの子になります!」 という彼女なりの決意表明。その日を境に、フランス名
“petite lune (小さな月)” から、日本名 “ミーちゃん” になった。

雑種でも鼻筋の通った美人で、とても頭のいい猫だった。自分で物陰に隠れては、
「ニャッニャッ」 と短いビープ音で私を呼び寄せる。探しに行くと物陰からサプライズで
思いっ切り私の足に飛びかかるという彼女ルールで、私の足はいつも傷だらけだった。
ちっちゃくてやせっぽっちだけど気の強さは人一倍。鬼ごっこで捕まると三倍返しで、
私の傷もさらに増えていった。

千葉に家を買った目的の一つもミーちゃん。家に引っ越したその日から、壁紙や柱の
破壊活動が始まって、我が家は着々と崩壊に向かった。それから15年、一人ずつ引き取り猫
の仲間が増える度、ミーちゃんには特に気を使ってきた。本来、自分一人が女王様で飼い主
の愛を独り占めしていたのに、なぜか勝手に後続の猫が増えていく日々。きっとミーちゃん
は面白くなかったに違いない。ミーちゃんに相談するときは、いつも彼女のお気に入りの
キッチンで話しかける。抱っこしてキッチン台に連れて行き 「今度妹がくるけど、いじめ
ないで仲良くしてね」 と、その都度私の我がままを聞いてもらった。


      shugo_convert.jpg
                   写真左からミーちゃん、ピッチ、ハルキ


オモチャもまたたびも、爪とぎの順番やおやつも必ずミーちゃんが最初。ひざの上にくる
優先順位や、布団に入る優先権もいつもミーちゃんが一番だった。そして他の猫がどんなに
爆睡していても、玄関ドアが開くとお迎えにあがり、私の右肩に 「おかえりジャンプ」 を
して帰宅を迎えてくれたのがミーちゃん。モノマネで私のテンションが上がり過ぎると、
足にしがみついたり、肩に抱き付いて 「怖いからやめてちょーだい」 と必死に止めてくれ
たのもミーちゃんだった。

乳腺種が見つかってからも、小さな体で三回の手術を乗り切ってくれる。それは私がキッチン
でお願いしたから。手術がどんなに辛くても一生懸命に頑張ってしまう。特に二回目の手術
では体重が半分になって危なかった。胸からお腹の広範囲に広がった腫瘍の全摘出に耐えて、
奇跡の生還を果たした。

そして今年、乳腺種の再発。避妊手術をしたメスには発症しないと言われる乳腺種も四回目
の再発だった。でも今回は、高齢が理由で四回目の手術を断られてしまう。ペットを飼って
いらっしゃる方はご存じの通り、ワンコやニャンコの手術は全身麻酔が基本。高齢の場合、
この麻酔で命を落とすケースが多い。そしてミーちゃんのガンは、すでにリンパを伝って
全身に転移していた。先生もリスクを負いたくなかったのね。これが肺に回ると呼吸困難で
アウトですとの最終診断だった。

その診断から、ここ一、二ヵ月の病状の悪化は異常な速さだった。体が小さい分、一度進行
が始まれば体調は一気に悪化する。ついこの前まで冷蔵庫の上までジャンプしたり、小型犬
並みのオス猫ハルキに猫パンチしていたミーちゃん。その痩せた体の厚みが、見る見るうちに
半分の薄さになっていく。昨日食べていたカリカリが流動食になり、そして流動食さえ受け
付けなくなった先週、私はその息遣いの荒さに肺転移を確信した。

来るべきときが来たという瞬間。

前日もいつも通りリビングとの境にある引き戸を開け放ち、和室で眠るミーちゃんのお腹が
動いているかどうかを見ていた私。すると、ヨロヨロと立ち上がったミーちゃんは、リビング
の私の足元まで歩いてきて、そこで倒れた。

もはや歩ける状態ではなかったのだけど、潔癖症のプライドにかけてトイレだけは自力で
済ませていたミーちゃんが、今回はトイレ目的ではなかった。私の顔をのぞきこむと、
「もうだめだから、ずっとそばにいてちょうだい」 と強烈に主張しているのが伝わってきた
ので、抱っこして一緒にベッドに横になる。骨と皮だけになった体をさすりながら、時に襲い
くる激しい呼吸困難にあたふたとし、目で必死に 「苦しいから助けて」 と訴えるミーちゃん
に右往左往。体をさすってあげる以外、何もできない私は、もう顔の形が変わるくらい泣き
続けた。本当はミーちゃんの方がずっと辛いのに。

そして11日朝の3時半。突然急に苦しみだして体をよじると、私に向かって 「ミュー」
と五回鳴いた。これは赤ちゃんの時から、私に甘える時だけに出す、彼女のとっておきの
きれいな声。「もうだめです、さようなら」 と言ったのか、「楽しかった、ありがとう」 と
言ったのか。それとも 「キッチンの約束が守れなくてごめんなさい」 と言ったのか。15年
前、ウチの子になりますと言ったあの時のままの可愛い顔で私を見つめ返していた。
とっさに死を直感した私は 「ごめんね、もう頑張らなくていいよ、ミーちゃん」 と、私の
身勝手な延命のお願いをやめた。

次の瞬間、グググッと何かがつまってミーちゃんの体がピタッと動かなくなる。私はその時、
彼女の命の灯が消える瞬間が手に取るように分かった。ミーちゃんの瞳から生命の光が消え
去り、そして何かが終わったというあの絶望にも似た喪失感。



11日の午後、ペット霊園の担当者が訪ねてきた。霊柩車に乗せられたミーちゃんの
箱の中には 「小さな鈴」 のついた真っ赤な首輪と、腫瘍が裂けても染み出てこないように
着せていたボーダー柄のワンピースを入れてあげた。きれい好きなキジトラのミーちゃん
には、赤い首輪とワンピースがよく似合ってたなぁ…

引き取りの方たちの前では泣かない決心をしていた私は、不覚にも担当の方の 「本当に
小さいですね」 の一言で感情が爆発してしまった。

もともとチビで痩せのこの子を更にここまで我慢させて小さくしたのは、この私。息が
できなくて苦しいのに、私の 「もうちょっと頑張って」 にこたえようと、一生懸命
生きようとしていたミーちゃん。キッチンでお願いなんかするんじゃなかった。

車が見えなくなるまで見送った後、一人部屋に戻る。他の二人の猫の姿は見えない。
部屋を抜け、ミーちゃんが好きだったキャットタワーの最上階に目をやる。あの子の
お茶椀やシリンジ、そして、私をいつも待っていたキッチンが目に入るや、一緒に
歩いてきた15年の月日が走馬灯のように押し寄せて、部屋の中を駆け巡った。

生活のすべてが思い出につながってつらい。

天国ではもう息が苦しくないかしら、体中にできたボコボコの腫瘍は元通りになったの
かしらとあふれ出る涙が止まらない。きっとミーちゃんのことだから、元気な頃の体に
もどって、広い野原を跳ね回っているに違いないと夢想する。でも、私が知っている
ミーちゃんというあの顔と体では、もはやこの地上で会う事ができないという現実に
全身が震えた。

昨日のこの時間は、まだここで生きていた小さな命が終わった瞬間だった。



          mie_convert_convert_3.jpg
                     ミーちゃん....



レースのカーテンを透かして部屋に流れ込む五月の風にのって、
どこからともなく聞こえる鈴の音のそら耳。

「ありがとう、さようなら」 って言えるまで、
やっぱり私にはもう少し時間が必要だったよ、
ミーちゃん。

もう一度会いたい...



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