猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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盲導犬
今日、会社を終えて電車に乗ると、私の目の前に盲導犬が座っていた。ベージュ色の
ラブラドルレトリバーは、大きな体を小さく小さく丸めて床にへばりつくように
横たわっている。

電車の揺れに神経質に顔をあげては、周囲を気にしている。気のせいか目が悲しみに
沈んでいた。体全体につやがなくやせている。かなり年をとっているのかも知れない。
試しに本人に聞いてみる。

「何が悲しいの」

すると一瞬目を合わせて、そのまま向こうを向いてしまった。

以前テレビで見た盲導犬の生涯が頭をよぎる。生まれたばかりのラブラドルの子犬たち
は、10ヵ月間限定で専門のボランティア、パピーウォ-カーに預けられる。この家庭で
子犬は目いっぱい可愛がられ、甘やかされて育てられる。ここで盲導犬のベースとなる
情操面、つまり、人間を信頼してやまない心を育てるとのこと。

犬好きなボランティアの家族も、この期間限定の子犬を本当の家族として可愛がって
いた。そして訪れる別れ。飼いだす時からわかってはいても、やはり別れは辛い。
生涯の中でももっとも楽しい時を終えた子犬たちは、そこから盲導犬としての教育を
受けるため、専門の訓練センターに連れて行かれ、厳しい訓練を受けることになる。

車に乗りたがらない犬、そして、号泣する子供たち。ここで一度別れると、犬の気持ち
を乱すことのないよう、もう会えなくなるとのことだった。こうしたボランティア
の家族は毎年このサイクルを繰り返している。社会貢献に対してどんなに強い意志が
あったとしても、私には到底無理な相談だ。

訓練センターのラブラドルたちは、邪魔にならずに座る訓練、安全に誘導する訓練、
乗り物の中で足を踏まれても鳴かない、吠えない訓練を受ける。

そして、目の不自由な飼い主と共に盲導犬としての人生を送った老犬は、やがて体力が
なくなると引退して、専門のケアハウスや、かつて自分を可愛がってくれたパピーウォ-
カーのもとに戻ったりして余生を過ごすらしい。

今、目の前にいるこの犬は一体どのステージにいるのだろう。もうそろそろ引退の年では
ないのだろうか。足を踏まれたら痛くないのだろうか。そして、この子は今幸せなのだ
ろうか、と考える。でも、そんなことはこちらのちっぽけな感傷なのかも知れない。

彼は今、仕事中なのだ。体をはって飼い主を守らなければならない。そう訓練されてきた
のだ。駅につくや辛そうに起き上がると、飼い主を誘導してそそくさとホームに下りて
いく。よく見ると飼い主の方は弱視で多少視覚が効くらしく、むしろ老犬を引っ張る
ようにスタスタと前を歩いていく様子。あまり役に立たない老犬でも、もう絶対にこの子
を手放したくないという、飼い主の強い意志がひしひしと伝わってきた。

人が人を殺める悲しい今日にあって、犯罪や交通事故から人を守って亡くなった
警察犬や、目の不自由な方たちの目となって日々を共に歩く盲導犬たちの存在が一際
心に迫る。悪の温床となる麻薬を嗅ぎ分ける麻薬探知犬や、テロリストさえ追い込む
爆弾探知犬の体を張った行為。時に人間の方が恥ずかしくなるような威厳をもつ動物
たちには頭が下がる想いでいっぱい。

しかも大型犬の寿命はもともと短いらしく、友人のラブラドルなどは10才になると
あっさり死んでしまった。

今日見かけた盲導犬には、せめて静かな老後を過ごさせてあげたいと思うけど、
今後あの飼い主が手放すことはないとみた。足腰の立たなくなった盲導犬を車いすに
乗せてでも、目の見えない自分が車いすを引っ張って犬と一緒にお買い物に出かける
勢い。でも、それでいいのかも知れない。

あの犬の価値は彼にしかわからない。彼にとってあの老犬は、もはや自らの目の
機能でも、訓練された道具でもなく、大切な大切な人生のパートナーなのだ。

今、盲導犬の訓練士やセンター、犬のすべてが不足しているとのこと。
このニュースに、果たして盲導犬協会を3つ目の寄付団体に選ぶべきかどうか、今、
私は真剣に財布の中身と検討中。


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