猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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雨と傘袋
今日は雨。雨の日に電車に乗ると、遠い昔の記憶がよみがえる。

あの日、私は有楽町線に乗ろうとしていた。地下鉄の構内に入る前に傘をふって
クルクルととじる。これでほかの人に迷惑はかからない、そう思って階段を降りた。
駅のホームでは発車間近のアナウンスがなり響き、焦った私は目の前の車両に
飛び乗った。

平日の午後、何の変哲もない地下鉄の風景。当時有楽町線は支線で行き止まり。
やがて将来は西武線につながるという、過渡期の枝線だった。

雨のせいか車内に人影はまばらで、私を含めて4人しか乗客はいない。
ゆっくりとドアが開き、そのうち2人が降りて行った。

その代わりに乗り込んできたのは、スーツを着たサラリーマン。シルバーグレーに
口ひげをたくわえて、どこぞのジェントルマンなたたずまい。長身の痩せ型でダーク
スーツを着ていた。どことなく小泉元首相に似ている。そんな彼を見るともなしに
目をやり、この車両には私と彼以外に遠くの席で爆睡する学生が1人であることに
気づく。

「ふぅん、珍しいこともあるものね」

私はそれまで読んでいた本に再び目を落とす。この人数では大好きな人間観察もできず、
あとひと駅の時間を本に専念することに決めたのだ。

先ほどのダークスーツに身を包んだ紳士が私の前を通り過ぎる気配。車両の端まで
歩いた彼は、何故かそこで踵を返し、こちらに逆戻りしてきた。

私には妙な直観があって、何か自分に悪影響を与えそうな業況が迫ると、ビンビンと
私の中で何かが騒ぐ。この時も何かいやな生臭さを感じて身を固くしていると、案の定
この紳士が私の隣に腰かけた。怖さ半分、でも、何を仕掛けてくるか興味半分。地下鉄の
窓はその暗闇を背景に鏡に生まれ変わる。私は顔を上げしっかりと正面を見据えた。
すると、同じく窓ガラスに映る私の顔を見つめる紳士と目があい、鳥肌が
たつ。

小泉元首相のようなライオンヘアに、顔もまた鼻筋の通った丹精な横顔。彼は窓ガラス越し
に私に向かってにっこりとほほ笑んだ。ハンニバルのアンソニーホプキンス演じる
レクター博士というか、シャイニングのジャック・ニコルソン、はたまた伝説のロシアの
殺人鬼チカチーロの目。口元しか笑わない狂気の眼差し。

ちょっと怖いと感じたその瞬間、彼の手が動いた。
おもむろにビジネスケースからくしゃくしゃにまるまった半透明のビニール様のものを
とりだした。シャリシャリとそれを広げる間も、車窓の中の私から目を離さない。
そして、そのプラスチック状のものを口にあてると、あん、と吐息を漏らしながら
次に大きく息を吸い込み、その塊に息を吹き込んだのだ。

するとまるで命を吹き込まれたかのように、それは伸びていく。

シュルシュルシュルルルル

何のことはない、ビニールの傘袋である。
雨の日、デパートやスーパーの入り口に置いてある、雨傘用の薄いアレである。

随分と思わせぶりに溜めた割には、傘袋を膨らますオチ?きっと傘をしまおうとしたのね、
とつまらない進展にまた本を開く私。それが油断だった。傘袋を膨らますのに、
わざわざぴったりと私の隣に座る必要などないのだ。

「ジジジ…ジジジ…」

隣でジッパーを開ける音がする。そっと目をやると、そこには先ほどの傘袋の入り口に
ご自身をあてがった紳士が、満面の笑みでこちらを見つめていた。

不意打ちを食らい動揺する私の目の前で、紳士は傘袋の中に用を足している...
ゆんゆんと上昇を続ける液体はちょうど入り口手前でとまる。
紳士は少し余った傘袋の端をキュルキュルと器用に結ぶと、まっすぐステッキ状に
なった傘袋を片手に次の駅で降りて行った。

以前の日記「錦糸町」で登場したおじさんは、申し訳ないが、いかにも
魚の目やニューハーフの肛門を突き刺しそうな風情だった。だから警戒もできたも
ものの、今回の小泉さんはあまりに紳士だったので、つい油断してしまった。

後日、さっそくこの話を同僚に話すと、男ひでりが高じた喪女の白日夢だとか、
さすが千年女王の願望妄想はケタが違うなどと、誰もとりあってくれない。一体、私の
願望はどれほど安いのだろう。あと、千年女王って何よ?

でも、私は確かに見たのだ。

以来、雨の降る日のデパートで、私は彼を思い出す。

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