猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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受験
このブログを訪れてくれた受験生のブログを見て、遠い日の自分を思い出す。
そう、今、受験生たちは最後の追い込みに必死な時期なのね。

目いっぱい背伸びした目標設定と、自分の人生に初めて一人で立ち向かうことへの不安、
そして、合格発表の興奮。すべてが昨日のことのように鮮明な記憶として蘇る。

選択していた世界史の見返しが1月の時点で1000年分も残っていたり、赤本の漢文がすべて
白文で涙が出そうになったり。国語に基準点がもうけられていた第一志望では、あの白文の
克服なくして合格ライン突破はなかった。今、思い返せば、つらいながらも
充実した日々だったと思う。

私の場合、受験勉強の建設的な逃避の一つに読書があった。何か別の意味で向上心の沸く
感性多感なこの時期、その後の人生に影響を与えた数々の作品に出会った。

書店で偶然手にとった「嵐が丘」は、イギリスの文学への扉を開いてくれた貴重な一冊。
あの受験時代に夜を徹して読み終えたこの本を片手に、数年後には作者エミリーブロンテの
眠る北イングランドの片田舎Haworthに一人旅までしてしまった。

イギリス特有の曇り空の下、小高くそびえる香料としたヒースの丘に風が流れ、
そして、羊たちの群れのが丘を下る。Brontë Parsonage Museumに隣接する教会には、
私の愛するブロンテ姉妹が眠っていた。

目の前に開かれた海外へのドアに導いてくれた大切な一冊。

受験勉強とそれに続く大学の教養課程は、「世の中にはこんな学問がありますよ」という
サンプル提示の場。そこから興味のあるものを選び取って、自ら深く掘り下げていく。
こうした学びは社会人になっても続くけど、どっぷりと理論的なアカデミズムに浸れるのは、
人生の上澄み液ともいえる贅沢なこの4年間。「こんなコマ切れの知識を覚えて一体何の役に
たつのだろう」と思いつつ、役に立つか役立たないかわからない教養の幅というものが、実は
その後の人生に大切だったりするのかも知れない。

外国人の友達と話をするときに、スタンダールや源氏物語の話題で会話が弾んだり、
落ち込んだ時にふとアランの言葉を思い出したり。大人になって即物的な現実に向き合い
ながら、それでも心がカサカサしないでいられるのは、教養というバネやゆとりのおかげ
なのだと思う。

諦めさえしなければ、そこに道は開けるはず。きっと大丈夫。
全国の受験生がベストコンディションで試験に立ち向かっていくことができますように。
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