猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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たまの思い出
「たま」というのはかつて我が家で飼っていたオスネコ。
負けん気が強い親分肌で、小さなものにはめっぽうやさしいナイスガイ。
彼が16歳の春にこの世を去るまで、一緒に生きた思い出を書こうと思う。

実家のネコが子供を生んだと聞きつけた父親が連れてきた猫。
我が家に来たときは手のひらサイズの小さな小さなネコだった。白地にキジトラ模様
がついていて、顔には前髪パッツンのおかっぱ模様。大きな瞳にピンク色の唇。飼い主の
私がいうのもなんだけど、ついぞ見たことのない美猫だった。

そんな猫に命名したのはこの私。サザエさんちのたまにちなんで同じ名前にした。
我が家にやってきたその日から、3つ年下の弟とどちらが一緒に寝るかで取り合いが
始まる。毎晩恒例となった取り合いに疲れ、私はたまを弟に譲るようになった。
でも、たまはすでに弟よりも大人だった。彼と一緒に布団に入り寝かしつけると、
ゆっくりと私のベッドにもぐりこんで朝まで一緒に眠る。その入り方は特徴があって、
ベッドに飛び乗ると、私の足元からトントンと体の横を歩き、首の横でクルリと
まるまって眠る。夏の暑い夜もおかまいなし。体を押し付けてグルグルのどを鳴らし
ながら眠る。まずは、「場所を借りますよ」という挨拶で私の顔をなめて、
その後、自分の体をきれいにして眠りにつく。毎晩毎晩、足元からトントン、トントン。
そして首のところにクルリで10年が過ぎた。

そんなたまは成長するに従い、近寄ることがなくなるほどに弟を避けていた。後々
聞き出すと考えられないほどの虐待をしていたのだ。本人はふざけているつもりでも、猫に
とってはこの上ない恐怖。洗濯機の真っ暗な脱水層(昭和でゴメン)に閉じ込めて
回したり、背中にガムテープを張って剥がしたり、猫が大嫌いな掃除機で尻尾を吸って
いたらしい。

たまはその頃からなぜか毎晩弟の部屋に濡れたスポンジを置いてくるようになった。また、
私のひざの上で眠っている最中、突然キュルルとお腹がなる。するとたまは大急ぎで弟の
部屋に走り、すっきりした顔で戻ってくる。また、食事の後に食べ過ぎて気持ちが悪く
なった時も弟の部屋に駆け込み、キュポンキュポンともどしていた。濡れたスポンジを含め、
すべて猫なりの仕返しだった。

それに反比例して私との関係は深まり、冬の寒い夜も私が自転車で帰ってくるのを
家の外で待っている。そして一緒に部屋に戻り、こたつに入った。たまは本当にいつも
一緒。始め手のひらサイズだった体は半年で小型犬ほどに成長し、顔もちょっとふて
ぶてしくなった。ある日、道路の真ん中に大きな犬が座っていて、その周りを小さな犬が
キャンキャンと吠えながら回っていた。うるさい犬だと近づくにつれて、道路に座って
いるのは、犬ではなくうちのたまだと判明。私が近づいても気づくことなく、小型犬に
猫パンチを食らわして撃退していた。犬はそのまま走り去っていく。「たま」と呼ぶと、
なぜか恥ずかしそうにこちらを振り返り、尻尾を3倍に太くして私の後をついてきた。

実家を離れて数年、たまに会うのも1年に数回になっていた。帰省の度に目にみえて
年をとっていく姿に不安を覚える。別れのたびに「またね!」といいながら走り去る私を
追いかけ、姿が見えなくなるまで鳴いていた丸い顔が忘れなれない。

そんなある日、東京の自室で眠っていた私は夢をみた。いや、決して夢ではない。

カーテンごしに朝日が差込み、まどろむ私。夢かうつつかの境目を漂っていたその時、
ベッドの足元に飛び乗る重み。そして4つの肉球を弾ませてトントンと体の横をすり
抜けると、首の横でクルリ。私は右手で彼の体をなでながら「ああ、たま。お早う」と
言って目を開けた。

あたりを見渡すと、そこは東京の私の部屋。

すぐさま実家に電話をかけると、母が出て「昨日死んだのよ」という。
涙が頬をつたい何も言葉が出てこない。今しがた自分が体験した悲しくも嬉しい感覚。そう、
たまは私に最期の「さようなら」を言いにきたのだ。柔らかな毛や大きなお尻、グルグル
とのどを鳴らしながら、私にしなだれかかる身のこなしのすべてが現実だった。

今、これを書きながらも涙が止まらない。

受話器の向こうで母が語ったたまの最期。老衰で弱っていたたまは、猫の言い伝え通り
飼い主に死に様を見せない様、姿を消した。鈍感な母は一切気がついていなかったものの、
ご近所で有名な猫になっていたたまは林の陰で倒れているところを奥様方に見つけられ、
戸板に乗せられて運ばれてきた。

「奥さん、オタクのたまちゃんが倒れてたわよ」

そして母に「にゃ~ん」と一言挨拶をして絶命したらしい。最期までまぬけなところが
憎めない。本当は林の陰で静かに死にたかったのね。

私の話を聞いた弟は、自分のところには挨拶がない、とヤンキーの舎弟関係のように
怒っていた。

あの日以来、もう2度とたまの夢をみることはない。でも、私は信じている。
今もきっとどこかで私のことを見守ってくれているに違いないと。
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とても良い子だったんですね。
タマちゃんとの思い出、大切にして下さい。

ネコも立派な家族ですからね、本当に大切で大切で
失うとツライですよね。

今更ですが、ご冥福をお祈りします。
ウォーリックさんの今後の活躍も期待します。
kungfu0807 | URL | 2013/10/19/Sat 19:12 [編集]
Re: とても良い子だったんですね。
kungfu0807様:いつもコメントありがとうございます!

当時はまだペットロスという言葉がなかったので、気持ちの整理をつけるのが
大変でした。今も懲りずに3匹の年寄り猫を飼っているので、悔いのない
お付き合いをしていこうと思っています。
kungfu0807様のの人生も今がターニングポイントですから、今後の上昇機運に
向けて、いろいろと準備をしてくださいね!
ウォーリック | URL | 2013/10/20/Sun 09:31 [編集]
見方が変わりました
場所違いですが、
ミーちゃんの旅立ち、哀悼の意を表します。
タマちゃんからはじまって、その後ご家族となった3人と、
今更ながらウォーリックさんにとって、大変大きな存在だったのだ思いました。

わたしはずっと犬派でしたが、
猫が犬に負けず劣らず深い愛情をもった動物であることを
知ったのはここ一年位のことです。
無知とは恐ろしいことだと思います。
CFマスター | URL | 2015/05/17/Sun 20:38 [編集]
Re: 見方が変わりました
コメントありがとうございました!

以前、犬と猫の頭の良さはほとんど同じというレポートを
みました。ただ、犬はその能力を人のために使い、猫は自分の
ために使うと。

でも私は個人的にワンコの方がお利口だと思っています。
だって信号待ちができますもん。猫は直進で引かれてしまいますから。

過去記事までみていただいてありがとうございます。
ミーちゃんはたまのように夢には出てきません、今にところ。

ウォーリック | URL | 2015/05/19/Tue 08:00 [編集]
気になっています
私も6年ほど前に、飼い猫を事故でなくしています。飼い猫というより相棒でしたが。猫の名前は「ちゃの」6年経った今でも、貴重な時間を過ごしてくれたことへの感謝の思いで忘れることが出来ません。現在でも離れることができず、枕元に遺骨を保管してあり、家族には私が死んだときに一緒にと、頼んであります。決して引きずっているわけではありませんが、唯一の形見なのです。「もう一度あいたい」その気持ちが痛いほど理解できます。寂しいけれど「一緒に過せて私はとても幸せだった。」と今でも思うのです。そして「いつかまたどこかの世界で会えるはず。」と自分に言い聞かせています。タマちゃん、みーちゃんもウォーリックさんと出会えて幸せでしたね。「生まれ変わり」があるかどうかは判らないけど、お互いに求めていたら、いつか互いに自覚なく再び幸せな時間を過ごせるかもしれません。
ちゃのりん | URL | 2015/06/01/Mon 02:31 [編集]
Re: 気になっています
ちゃのりん様:コメントありがとうございます!

たまの記事も読んで頂いたんですね、ありがとうございます。
最近は日々の忙しさに流されていますが、ふとミーちゃんのことを
思い出すと、最期の瞬間が頭の中を過って胸が締め付けられます。
あとどれくらい経ったらこんな気持ちが薄れるのかと思います。

ちゃのりんさんは6年経っても忘れられないんですね。事故は
本当につらいです....

ミーちゃんがいなくなってから、他の二匹の甘えが激しく
なりました。この二人も寂しいんだなと思うと、早く元気にならないと
と思います。

いろいろとご心配かけてすみません。
また遊びにいらしてください!

ウォーリック | URL | 2015/06/01/Mon 21:34 [編集]
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