猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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バイブ芳恵ねえさん
ここのところハードコアでヘビーメタルな時事ネタが多かった。

前回の記事について仲良しのブロガーさんから 「今回の記事は、いつにも増して
過激でしたね」 などとコメントを頂いた。何らいつもと変わらぬ平常運転と思っていた
私は、あらそうかしらと改めて読み返してみる。すると、いきなり 「金玉姫」 だの、
「パコパコ大統領」 など、危険なボキャがそこかしこ。もはや普通の感覚が完全に
逝ってしまっているという意味では、空気が読めてない → 実はこの私だったりする。

そんな私のブログは、ただひたすらテキストあるのみ。可愛いワンコやニャンコの
画像があるわけでもなく、面白動画がアップされている訳でもない (私は動画の貼り方
知らないw)。時に原稿用紙15ページを超える文字量に加え、その内容も、はなはだ
トウのたったOLが社会に向けておびただしい毒を吐き続けるという痛いブログにも
かかわらず、いつも遊びに来ていただく皆様は本当にありがたい。

そう、トウがたった年増 (としま) 女といえば、その昔、井原西鶴がかの西鶴諸国
ばなしの中で世の中の化け物を列記するくだりに、こんなのがあった。

 「都の嵯峨に四十一まで大振袖の女あり。」

この時代は、41歳まで振袖を着ていると立派な化け物扱い。世の七不思議に
数えあげられて、さらし者にされていた。別にいいじゃん、年増が振袖着たって。
つまるところ40超えの独身女が化け物だったということなのだろうけど (私が
40超えかどうかは性別同様、皆様のご想像にお任せします) 。

英語の表現にも mutton dressed as lamb (若作りした年増女) なんていうのが
ある。字義通りに訳せば、ラム (子羊) を装ったマトン (メス又は去勢されたオスの
うち、永久門歯が2本以上の大人の羊) という意味。しかも、肉の種類で表現されてる
ところが生生しい。去勢されたオスはすでにメス扱いなのがすごいけど、英語の
定義は時にビヨンド。似たような単語にシーメール [she (彼女)-male(男)] がある
けど、これは人間のニューハーフのこと。特に豊胸手術済み下半身マ~ダだよ、
みたいな突貫工事途上の方たちを指したりもする。さらに裏の意味としてもう一回転、
攻撃的なレズという意味もあって、何だか色々とすごい。

昔テレビで見たイギリスのコメディアンは、年増の女優さんにこの mutton dressed as
lamb をもじって、mutton dressed as pig! (豚の皮をかぶった年増羊) と言い放っていた。
もはやどちらに転んでも救いようがない感じなのかしら。時にイギリス人の皮肉は人権
問題にかかわる気がする。いずれにしても時や国を超え、世間は年増女に厳しいって
もんですぜ。

冒頭の通り最近は重めの記事が続いたので、今回はかる~く私の私生活について書いて
みたい。実際、誰もそんなものに興味ないし、さらさら需要がないのは承知の上での暴挙だ。
でも私のブログなのだもの、たまには普通に 「街角で見つけた素敵な、お・み・せ ♪
ウッフン♡」 (゚Å゚;) みたいなのも書いてみたい。


美術館めぐり
私は絵を見るのが好きで、暇があれば美術館や博物館に出かける。おばちゃん
たちの読書感想文発表や、ベレー帽オヤジのうんちく語りが邪魔な休日の美術館は避けて、
極力平日に訪れる。たまっている代休の消化や半休取得、また金曜日の退社後を利用して
平日の美術館を目指すのだ。美術館はむしろお一人様向けの施設で、平日の空いた時間、
誰に気兼ねするわけでもなく絵を見る贅沢は絶対に譲れない。

特にここのところはかなりの数を見に行った。「ウフィツィ美術館展」 「チューリヒ美術館展」
「ボストン美術館展 (ミレー) 」 「ホドラー展」 「ボストン美術館展 (北斎) 」 「夢見るフランス
絵画」 。勿論、西洋美術館にいけば、常設やネーデルラントの寓意版画展もまわる。静かな
空間で世界の名画に囲まれていると、そのままそこに布団を敷いて寝たくなるほど
心が安らいでしまう。

ミレーの 「種をまく人」 という作品。山梨県立美術館所蔵も含め、これまでにも何度か目に
したはずの作品が、今回は心に突き刺さる。こんなにも動きがあって、圧倒的な迫力をもった
作品だったかしらんと、傑作の傑作たる所以を再認識。牧歌的でのんびりとしたミレーの作品
群にあって、ひときは異質な光を放つこの一枚。何かとても強いメッセージ性を感じる。絵は
文学作品と同じで、それを体験する年齢で感じ方が大きく変わるものだと納得した。

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            種をまく人

再発見といえば、六本木の国立新美術館で開催の 「チューリヒ美術館展」 でみたシャガール
の絵。高校生から大学にかけて大好きだった画家だ。彼の作品が集められたコーナーに一歩
足を踏み入れるや、彼の絵がもつ圧倒的なオーラのせいで、回廊中心に置かれたソファに
へたり込んでしまった。彼は恋人ベラに会うと、嬉しくて嬉しくて空を飛んでしまう。
エッフェル塔を超えてパリの空を自由に漂う二人の周囲にはブーケや花々が飛び交い、
強烈に明るい色調が画面全体を覆っている。一瞬の愛の喜びがこの一枚から部屋全体に
放射されているかのような一枚。何時間みていても飽きない。

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                  パリの上で

その一方で作品 「戦争」 では、強烈な色彩の中、業火に見舞われ逃げ惑う人々。
絵の中心には大きな動物が悲しみの眼差しで人々を見つめ、その背景には磔刑の
キリストが浮かぶ。彼の絵には、いつも動物が登場する。それは彼がパリに出てくる前に
幼少期を過ごした、祖国ベラルーシの風景。時に牛や鶏、山羊といった動物がモチーフ
として登場しては、彼と一緒に喜んだり悲しんだりする。東欧系ユダヤ人だった彼は、
ナチスの迫害を受け、アメリカへの亡命を余儀なくされた。戦争という重いテーマを扱う
彼の絵には、逼迫した緊張感とともに民族としての深い悲しみが刻み込まれている
ような気がしてならない。

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               戦争

平日のランチ
一体誰が日本中の昼食を12時からと決めたのだろう。ランチタイムはどこに行っても
行列ばかりで、貴重なお昼休みがつぶれてしまう。メニュー選びと食事に異様に時間が
かかる私は、いつもおにぎりとサラダで済ませようとする。会社の食堂はサバの味噌煮
とかだし、エレベーター待ちだけでも時間がかかる。そんな私をいつも外に連れ出すのは、
仲良しの同僚。アメリカ人の彼は、妻が愛妻弁当を放棄した日 (週のほぼ半分) に私の
デスクを訪れる。先日も 「今日は胃もたれがするからそば屋にしよう」 などと、もはや
典型的な日本のオヤジサラリーマン。ちなみに彼は三十代半ば、美しいハーフの
息子が自慢のブロンドで、アメリカ人なのにデブじゃない点は評価している。

通常食事の間は、ほぼ9:1の割合で彼が話し、その内容は仕事の愚痴である。つまり
私は貴重なランチタイムを彼のガス抜きに付き合わされている。しかも私と二人に
なると絶対に日本語を話さなくなるので、人でごった返すそば屋の片隅、ひたすら
英語のヒアリングマラソンに参加することになるのだ。

先日も、彼が今受け持っているプロジェクトでやらかしたミスについて興奮気味に
自分語りを始めた。ノンストップの愚痴のはざまで、彼が天ざるの出汁に七味唐辛子を
入れようとしたその瞬間、パカッと容器のふたが外れてそのまま落下し、山盛りの
唐辛子がトッピングされる。

 「あらら」

こういう感嘆符だけなぜか日本語になる彼は、もはや日本人なのかも知れないと思う。
信じられないことに、その唐辛子を出汁に移動すると、そのままグルグルかき混ぜて
何事もなかったかのように食べている。こちらもあえて突っ込まない。

唐辛子がつらくなったのか、顔を真っ赤にしながら八つ当たり。話題はいつの間にか
いかに母国アメリカの車が日本で冷遇されているかという話になっている。しばらくは
黙って聞いていたけど、あまりのしつこさに私の中のベラのムチがうなりだした。

 「あーたね、GMやフォードが日本の関税障壁のせいで売れないと思ったら大間違い。
 それならなんで、BMやアウディ、オペルが街に溢れているの?ドイツ車だけじゃ
 ない。ルノーやボルボだってまだアメ車よりは見かける。理由は、彼らがきちんと
 日本の市場調査をしてるってことでしょ。ただガタイだけ大きくて、操作性が
 ボロカスの上に、燃費が悪くて環境配慮がないアメリカの車に誰がお金を出すと
 思う。」

的なことをまくし立てた。淡々とそばを食べ続ける彼に向かって、さらに追い打ち
をかけてみる。

 「イギリスの家電メーカー、ダイソンが日本に参入した時、テレビCMを見て “この
 会社、長くないな” と思ったのよ。やたら吸引力をアピールするけど、日本では
 掃除機に吸引力があって当たり前。大切なのは、その住宅事情から、どれだけ
 コンパクトで音が静かか、軽くてゴミ捨てが簡単でしかも排気がクリーンな上、
 省エネというのが最低条件なのよ。ただデカくて高くて吸引力がありますって、
 日本の消費者をなめてるでしょ?たかが掃除機にも本体のデザイン性まで
 求めるんだから」

 「でもね、しばらくしたら本体がどんどん小さくなって価格帯が下がってきた。
 しかも、ダニやハウスダストの吸引っていう日本人目線のCMに変わった時点で、
 “あ、マーケットリサーチしたんだ” と思ったの。これなら売れるかもって。
 アメ車に必要なのは、こういう消費者の目線じゃないの?TPP で関税下げろって 
 いうけど、日本人は安くても中身がアレなものは買わないよ。韓国の起亜なんて
 20年以上日本にいて一台も売れなかったし。」

可愛そうになったのでこれ以上の追い込みは止めた。というか、もはや私の話は
聞いていない模様。そんな彼は今回愛車をマツダからホンダに買い替えたばかり。
「今は家族仕様で仕方ないけど、いつかスバルのスポーツタイプ (アメリカで
生産待ちの人気だそう) をゲットするんだ」 と目を輝かせる。

あの、なんでアメリカの車買わないのよ。

イタリアン、そば、中華、ベトナム料理と毎日手を替え品を替え、私のランチは移り
変わる。ただその中身は、ずっと彼の愚痴のヒアリングマラソンというのが切ない。


お買い物
私が利用する沿線は、東京駅、銀座、お台場を皮切りに、葛西臨海公園、東京
ディズニーランド、IKEA、ららぽーと、そして幕張新都心の大型商業施設と、ショッピング
には事欠かないエリア。特に雑貨やインテリアが好きな私は、定期を使って途中下車
をしてはウィンドーショッピングに精を出す。いつもは眺めるだけの私も、先日、急に
クリスマス用のキャンドルを買おうと思いたち IKEA を訪れた。しかし、雑貨コーナーが
改装中でイマイチいいのが見つからない。お隣のららぽーとにあるデンマーク雑貨の
Flying Tiger Copenhagen もイマイチ。

そこで幕張新都心にできた国内最大級のイオンモールに行くことにした。ここは
本当に広くてお店の数も多い。今回はクリスマスキャンドルなので、同じくデンマーク
雑貨のソストレーネ・グレーネを目指す。

モールに入ってすぐのパン屋さんとチーズショップに後ろ髪をひかれながら、ソストレーネ・
グレーネに直行。でも、店内をくまなく歩いてみても、可愛いキャンドルが見つからない。
欲しかったのは水に浮かべるフローティングキャンドル。アロマの香りがするフラワー
キャンドルに火をつけ、水をはった水盤に浮かべると、とても幻想的な雰囲気になる。
去年は猫のすくい上げ攻撃を受けて見事に崩壊。今年はプレデターたちを隔離して
楽しもうと思っていたのに、なぜか肝心のキャンドルが見つからない。

キャンドルをあきらめてモール内を徘徊していると、面白い店を見つけた。

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  元祖食品サンプル屋

ここは食品サンプルの店で、小さな店舗の中にいろいろな食べ物が並んでいる。
勿論すべてがにせもの。最近、外国人観光客の中でとみに人気だと聞いていたけど、
これは確かに欲しくなる。ということで衝動買いをしたのがこちらの二点:

senbei_convert.jpg

ベーコンはブックマーク、隣のしょうゆせんべいはキーリングだったりする。その場で
もの凄くテンションが上がって買ってはみたものの、いざ家に帰ってあけてみると、実際
どう使ったものか途方にくれている。

ふとポケットからカギをとり出すと、そこには袋から出された生せんべいがぶら下がって
いる。電車内でおもむろに本を開くと、そこには焼け焦げも生生しいベーコンがガッツリ
と挟まっている。中途半端にリアルなので、周囲が見たら絶対引くに違いないのだ。

そう思いつつテーブルの上に放置していたら、猫たちがさっそくせいべいでサッカー
を始めている。やめてよ~。もともとクリスマス用のフローティングキャンドルを買うはず
だったのに、一体どこで何を間違ったのだろう。


すでにお気づきの方もいらっしゃると思うのだけど、問題はそこじゃない。


まだクリスマスまで一ヵ月もあるというのに、嬉々として 「一人で」 クリスマスイブを
過ごす前提の私を、どうか放っておいて欲しい。実際、恋人とクリスマスを過ごす女性たち
には、キャンドルもベーコンも必要ないのだもの。

クリスマスの夜。家をイルミネーションでキラキラに飾って、一人でフローティング
キャンドルを焚くのはしょっぱい。でも街はカップルで溢れているから、この日ばかりは
さすがにお一人様がきついんじゃ。ちょっと高めのオードブルとチョコを買って引き
こもり、LIBERA の CD かけながら猫をはべらせて飽食の限りを尽くす。
これこそが正しいクリスマスの過ごし方というもの。あの寒空に街を徘徊したりしたら、
鳥インフルエンザにたかられてしまう。

冒頭で書いた西鶴の振袖女。勿論、昭和の時代にも、年増女を揶揄する
言葉があった。それがこの時期にちなんだ 「クリスマスケーキ」 と言う名の無慈悲な処刑。

女も25日 (歳) を過ぎると値引きと叩き売りが始まるなどという昭和の言い伝え。そして
平成になった今も、女の後期高齢者扱いがここから始まるなんて、世の中は本当に厳しい。

それは去年のクリスマス。ご近所のヤマザキでサンタのコスプレをした相撲取りの
おねえさんがメガホンでがなりたてる。 「大きなクリスマスケーキ8号がなんと1,000円
でのご奉仕!安いよ、安いよ~」 。声も太い。

マフラーで顔を隠した私はそっと相撲取りに近づくと、小さな声で一言、

 「あの、10号一つください」

その後一週間をかけて、ホールケーキを食べつくしたあの夜を生ぬるく思い出す。

そして今年のクリスマス。目の前には干からびたせんべいと生生しいベーコンが。
しかも本物でさえないという現実に、心の中をすきま風が通っただけ。

きっと今年もあの相撲取りに、
 「10号一つください…」


ざっくりと私の私生活を書いてみたのだけど、心から切ない気分になるのはなぜだろう。
荒れた感じだわよ、荒れた。テレビから流れる長野地震のニュースで、インタビューを
受ける地元主婦の名前にぼんやりと目をやる。

 「柏原よし江さん」 — あら、バイブ芳恵ねえさんじゃないの 祭りだ└(o゚∀゚o)┘ヮッショィ!!

出だしこそ美術展めぐりで始めてみたものの、最後はきっちりと下ネタに
もどる私に、果たして素敵なクリスマスは来るのかしら。


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