猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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げに恐ろしきは
SNSの急速な発展に、使う側が追いついていないと思う今日この頃。
何でもそうだけど物事が便利になれば、向こうも使う側を選ぶということなのかしら。
そんなネット勢力に押される活字媒体の活路が芸能人の下半身事情のみということになると、
日本文化の危機や存亡にかかわる大問題だと思う。人の心ががさついて、果たして何が
正しいのか誰も分からなくなった時代。

一体何の事なのかさっぱりでしょ?
当然ですわ、私の中でもケリがついていない問題なのだもの、ホホホホホ。

<旧勢力>
SNSを始めとしたネットにおされる業界、出版不況にあえぐ活字勢が、一部でも発行部数を
伸ばそうと必死なのはビジネスとして当然。であればこそ、これまで硬派と呼ばれてきたお硬めの
週刊誌までもが見過ぎ世過ぎの是非もなく、こぞって芸能人のゴシップに雪崩をうって流れ込む
のも仕方のないご時世なのかと思う。活字離れの上に、もはや誰もが世界レベルで手軽に情報を
発信できるネットの時代にあって、かつての情報発信基地としての特権的な地位を失った
ビジネス媒体。週一の発刊メディアなんて、よほどのニュース性と取材力がない限り見限られて
いくのは当然のなりゆき。

そんな中、芸能人の不倫が恰好のおかずになったのね。

<不倫>
かつて芸能界には、不倫が文化と言いきったトレンディ俳優がいたし、恋人とされる若い
女優をともなって逃避行した大御所もいた。そういう行為そのものをやたらと美化した金妻系の
不倫ドラマや、失楽園的な文学が席巻した当時、強烈な刺激と世間を敵にまわした背徳感が、
非日常への誘惑をともなって流行したのね。実際、こうした道ならぬ恋は古来より文学作品の
大きなテーマの一つだったし、当時世間の主婦はこぞって 「許されない恋」 にたかっては、
テレビの前で紅涙ならぬ黄涙を絞ったものだった。すでに前足と化した二の腕をぶるんぶるん
震わせて、「あたしもママさんバレーのコーチといつの日か」 などという妄想に憑りつかれて
いたのだよ。そんなものは、見目麗しいイケメンと ≪妙齢かつ明眸皓歯な女性が目をうるうる
させて≫ 見つめ合うから絵になるのだ。≪高齢かつ魑魅魍魎な女性が下腹をぶるぶる≫
させて笑いをとっちゃ反則。

勿論、今も不倫はそこいら中。でも、以前とは何かと事情が違う。それまでは、子供をもつ
母としての世間体でかろうじてブレーキがかかっていた抑止力は、SNSの発達で見事に吹き飛んだ。
夫の給料で支払うスマホ経由でいとも簡単につながる出会い系という宝の山。好奇心旺盛な十代の
高校生から、それまでは手の届かなかった20代、30代の若い男まで。お手軽にアクセスできる
手段の発達と、不倫を語るサイトの閲覧でゆるんだモラルに拍車がかかり、年齢とともに湧き起こる
生の欲望に身をゆだねる。勿論、それに見合った低レベルの男が無尽蔵に群がるものだから、
きっちりと需要、供給のバランスがとれてしまう。

ここで私が女性に厳しいのは、こと体のことになるとレイプでもないかぎり、やはり最後のゴーは
女性が出すものだからよ。かつての 「秘めた恋」 とか 「許されぬ愛」 などというめんどくさい演歌
風味がない分だけ、今は情緒もへったくれもありゃしない。めっきりハードルの下がった淫靡な
世界で、日々けだものたちが病気を移しながら不倫と言う名の肉欲をむさぼっている。

昔の不倫に趣があったからといって、私が不倫を推奨しているわけではない。

西洋占星術の世界では、結婚を占う部屋が第七室になる。ホロスコープ上でこの部屋にどんな
星が入っているかで結婚運を占ったりするのだ。そしてこの第七室、実は仕事上のパートナーや
契約運を占う部屋でもある。西洋の概念ではたとえ占いであっても、結婚は人と人がかわす
「契約」 を意味する。そして恋愛運は第五室で占い、ここは 「娯楽」 や 「趣味、レジャー」 運を
占う部屋だったりする。含蓄のある分け方だと思うのは私だけだろーか。

生涯のパートナーとして 「契約 → 契 (ちぎり)」 を交わしたのであれば、不倫はやはり立派な
不貞行為。まして子供がいたりしたら、両親の不倫が子供の心にどれだけの傷を残すか計り
知れない。パートナーに対する重大な約束違反だし、「契約」 が意味する通り、結婚には本人同士
以外の 「家」 や家族等複雑な人間関係を公にまきこむことになるのだもの。

ま、あらかじめ家庭を壊す前提で行為に及ぶカップルはあまりいないと思うのだけど、
やっぱり不倫はよくない。男も女もあっちもこっちも全てこの手の中に!というのはないわ。

でもね、それと同時に人間てそこまで強くない。
人は元来とっても弱いもの。

もし不倫に踏みこんでしまって、そしてそれがばれたなら、謝るべきところはきっちりと
謝って、当事者同士が責任をとればそれでいいこと。問題に向き合うのはあくまで本人たちと
その周辺であって、他人がとやかく口を出す問題ではない。ましてそれが会ったこともない
芸能人の不倫だったりしたら尚更のこと、基本 「私たち」 には全然関係ないのよ。

<ベッキーのこと>
ことの始まりはベッキーさんだった。
最初に断っておくが、私は彼女のファンでもなければアンチでもない。よくテレビで
見かけるタレントさん的ポジション以上でも以下でもないのよ。でもここからは多少彼女の
擁護に入るので、「彼女は絶対許せません!」 みたいな人はスルーしてください。

この週刊誌は、ベッキーさんを皮切りに次々と芸能人の不倫を暴き立てて部数を伸ばした。
それまで私の中では、日本に残された数少ないジャーナリズムという位置づけにあったので、
なんだかとても裏切られた感じ。不倫相手の奥様やベッキーさん本人、そしてお相手のゲスな
乙女の人?を取り込んで、このネタだけでもかなり引っ張ったもの。

かつての微笑や女性自身の牙城を崩したこの雑誌の勢いはとまらない。一体この半年で
何人の不倫が取り沙汰されて、そして人々の記憶から消え去っていったのだろう。
私が書こうと思っている間に、なぜか情報をリークしたこの雑誌にベッキーさん本人が寄稿し、
そして引退をし、先日復帰してしまった。自分を貶めた雑誌で弁明をした時点でちょっと引いた
けど、ま、これが芸能界よね。

この雑誌報道が火付け役となってあぶり出された現代日本の現実。それがネットのもつ
恐ろしい側面と、そしてその背後にいる異常な立役者たちだった。

<嫉妬>
今回の一連の報道で、珍しくテレビメディアからネット社会の異常性への指摘が見られた。
確かに異常なのよ。

以前からこのブログでも書いてきた通り、みのもんた氏、猪瀬直樹氏、小保方晴子氏といった
面々が世間の誹謗中傷を一手に受けて、そして第一線から消えていった。火付け役はテレビを
始めとしたメディアとネットの混合戦で、ひとしきり持ち上げて、叩いて出てきたホコリを
ありとあらゆる方向から執拗に責めさいなみ、精神崩壊の淵まで追いつめるというもの。

それは、大泣き野々村や稀代の詐欺師、ベートーベン佐村河内、そして今回のセコハゲ
都知事といった電波ギリギリの人達とさえ区別されることなく、延々と続けられる集団リンチ
だった。でも、今回のベッキーさん騒動は、これまでの引きずり降ろしから更に一線を
画していた気がしてならないのよ。

そこにあるのは、透けて見えそうで見えない 「女の嫉妬」。

上でも書いた通り、私も不倫はよくないと思う。でも、だからといって実際に会ったことのない
芸能人の不倫にここまであからさまな執念や執着をもって執拗に貶めるというエネルギーに
サイコパス並みの異常性を感じてしまう。

先ほども書いた通り、不倫をしてしまったなら、当事者が真剣に向き合って解決すればいい
ことであって、それ以上でもそれ以下でもない。人様のプライバシーに他人が口をはさむ場面では
ないのだよ。でも、今回のケースは、何かが違った。こき下ろしの主体がテレビからネットに
うつり、しかもネット民のかなり絞られた層からの反発が強烈だったという点。話は冒頭に戻るけど、
要は世の奥様方が先陣を切ってテレビスポンサーにまで電話をかけていたという事実。普通に
会社に行ってたらできない芸当だ。

げに恐ろしきは女の執念。ベッキーさんがTVにでるや、10分で1000件を超える苦情の電話が
入ったという。独身女が夫と不倫したら、世の主婦の立場が危ういものになる。自らの立場を守る
ためにも不倫は許せないんじゃ!というのが本音?いえいえ、だって主婦の方でも私生活が
充実し、人間的に深みのある方々はこんな芸能人ゴシップにかかずりあう意味も時間も
持ち合わせていないのよ。

苦情申し立ての主婦は、ベッキーさんがカワイイ独身の売れっ子だったから嫌だったの。

例えば売れない演歌歌手の紫艶は桂文枝と不倫した上、自分の垂れ下がった乳もろとも
リベンジポルノで文枝師匠の股間も晒したわよ。20年も不倫された上、全国に夫の股間を晒された
師匠の奥様の心境たるや。さらに、政界に打って出ようとした乙武氏を次々と食した介護不倫の
女たち。動かないよう器具のように 「セット」 して行為に及んだと暴露された奥様の気持ちは?
それ以外にも、それこそ妻同伴で謝罪会見 (一体誰に対する謝罪よ) の米米CLUBの石井竜也氏
から、今回のファンキーモンキーに至ってはお子さんまで....

ベッキーさん叩いて芸能界追放するなら、なぜ同じように他の不倫女を叩かないのよ。それにもし
叩くなら、独身の彼女よりまず既婚の相手男性を叩くべきではないの?どこのサイトも 「ベッキーが
許せない」 のワンフレーズでかまびすしい。誰一人として理路整然と 「なぜ彼女が」 悪いのか
説明ができない。「ダメなものはダメ」 「生理的に許せない」 「優等生ぶって」 などなど。
だから女は好き嫌いでしかものが言えないと言われるのだ。

優等生ぶってなどと、自分が勝手に一タレントに対して抱いたイメージを一般化できる低能さ。
タレントイメージなんて嘘ついてなんぼですが何か?そういうセルフプロデュースができる人を
タレントと呼ぶのだよ。彼女のなにを分かってこういうことが言えるのかイミフだし、そもそも
自分たちと同等に扱っている点が理解不能。さらに冷静に考えるなら、不倫の道義的
責任よりも、LINEのリークが犯罪だという事実になぜ誰も触れないのだ?甘利さんの時も、
賄賂用札番号のコピーや、賄賂引き渡しに週刊誌記者の同伴なんてすべてが雑なのに、
マスコミの目くらましにうまく騙されてヒステリックに糾弾の日々。アホまる出しじゃないの。

かつて手の届かなかった銀幕のスターや歌舞伎俳優。独特のオーラを放つ昭和のアイドルと
違って、今は庶民的な芸能人がもてはやされる。会いに行けるアイドルAKBがその代表格だろう
けど、こうしたイメージを売る人達と自分との境界線がいつの間にかあいまいになってしまったのね。
例えば冒頭のSNS。ツイッターやブログで気軽にコミュニケーションがとれるから、勘違いのし放題。
先日刺されたアイドルもそうだった。

しかも女の嫉妬は、文枝師匠や乙武氏の不倫相手、さらに狩野英孝の二股モデルみたいに、
単に性別が女というだけの微妙な生き物には触手が伸びない。

同じ不倫でも、“なんだかなぁ” な不倫女性に対しては、出所のわからない優越感で
むしろ女性としてさげすむ精神構造。だからどうでもいいのよ。一方で、売れっ子の独身で、
ハーフのベッキーさんや矢口真里氏のような 「男に媚びを売」 って 「女を武器に売」 る
女性タレントは主婦総体の敵だから、叩き潰さないと女としての沽券にかかわる。

だったら皆平等に叩きなさいよ。それ以前に、芸能人のゴシップにわざわざ苦情電話入れる
ようなみじめな生活から足をあらうプライドを持ちなさい。「ベッキーの不倫が子供に悪影響を
およぼすのでぇ」 って。眉間にシワよせてしつこくテレビ局に苦情入れる母親の姿の方が
よほど教育に悪いわい。もっともらしい言い訳くっつけて人叩く暇があったら、自分の人生を
充実させればいいと思うの。

自分より優れた誰かを引きずり降ろしたい、そんな気持ちに加えて、今やネットというおもちゃを
与えられた人達は、言い知れぬ全能感で何かを勘違いしてしまったのね。

<全能感>
これはマスコミのせいもあると思うけど、あまりに世間の庶民感覚とかけ離れた番組構成や、編集
という名のやらせを連発してきたがために、視聴者のテレビ離れを引き起こしてしまった。そこに
渡りに船とばかりに登場したネットという代替媒体。ここを炎上させることで、自分たちが消費者で
あるという市民意識に気づいたのだと思う。

嫌な事があれば、スポンサーの威光を楯に苦情を申し立て、不買運動をエサにキャストや制作に
口をはさむようになる。そのうち、いくつかのケースで成功すると、今度は何度も同じ手を使って
テレビやスポンサーを恐喝するようになってしまった。自らが手にした全能感。

ベッキーさんの時も 「ネット民が絶対に許さない」 「スポンサー覚えてろよ」 「二度と芸能界に復帰
させない」 「擁護派は事務所関係者」などなど。たかが芸能人のゴシップに、責任の及ばない匿名
スレッドで威勢のいいこと。上から目線の一方的な断罪は一体何様ですか?誰もあなたたちに
世論誘導や、まして社会正義を振り回して一人の人間を追いつめて下さいなんて頼んでいない。

幼稚園以来培った日本人社会のいじめの縮図。こんな大人を見て育つ子供がまっとうに成長する
わけないのよ。今あなたたちがやっていることは、やきもちをベースにした集団リンチで、スポンサー
に対する脅迫であると知るべき。毎日会社に行って日本のために税金を稼いでいる社会人には
こんな暇ないのだけど。どうせやるんなら正々堂々と正面勝負で行きなさいよ、卑怯者。

と、社会の片隅で白目をむくトウのたった女が一人...

<非寛容社会>
そんなことを考えていた先日、ふとテレビをつけるとこんなタイトルの番組をみつけた。勿論、
見ちゃいない。見なかった理由は二つ。ふん、何を今さら。こんなもの私を含めずぅっと前から
みんなが思ってきたことじゃ、という反発が一つ。二つめは、この番組を放送していた局の問題。
ここはかつて小保方さんと理化学研究所の元副センター長、故笹井氏が、それこそ今日の
テーマである 「不倫」 関係にでもあったかのような番組で叩きつぶし、彼を自殺に追いやった
張本人。よくも人一人殺しておいて (社会的抹殺のみならず物理的にもね) 非寛容社会だ
などと恥知らずなお題目を唱えられたものだと思う。

人を妬み、嫉み、そして自らは責任をとらずに済む 「匿名」 という安全圏に住みながら、日々
ターゲットを変えて口撃と引きずり降ろし。成功者が羨ましくて羨ましくて仕方ないのね。こうした
嫉妬に根差した負のエネルギーは本当に強いし、こんなことがまかり通っていて世の中が良くなる
訳ない。矢口真里氏のコマーシャルが例の 「スポンサーへの苦情」 で潰されたようだけど、復帰後
のベッキーちゃんに関しても同じようにしつこい嫌がらせが、これからも続くんだろうな。

<私なりに>
いつも言ってることだけど、人は一人一人意見が違って当たり前。何でいつも自分が正しくて、
意見が違う人は叩かなくちゃいけないという思考になるのか分からない。私はここまで書いてきた
人達とは決定的に考え方が違うと自覚しているし、だからといって相手を変えようなんて微塵も
思っていない。そもそも人は変わらないのよ。唯一変わったり成長ができるのは、当の本人に
よる気づきしかない。その本人に自覚がないタイミングで、はたから何を言っても恨まれるだけ。

でも一つ言えることは、人に対してここまで負のエネルギーを注ぎ続ける人たちが、自分たちの
人生を幸せになんかできるわけがない。成功者が羨ましいのは誰もが一緒。だったら、あること
ないこと書き散らして足を引っ張るより、「じゃ、自分も自分の人生を輝かせようっと」 っていう
感じにはならないのかしら?

勿論、私も人の事が言えた義理じゃあない。会社にたった一人いる大っ嫌いなヤツに
対しては、日々帰りの電車の中で、今すぐ 「首に重石くくりつけて」 インバ沼に沈めてやりたいと
ビームを発射したりする。するとすぐに二人連れのOLが現れて、電車に乗り込むと同時に
同僚の悪口が始まるのだ。実際、車内で聞き耳をたてると、そこかしこで誰かしらの陰口を
囁き合っている。

そんなとき、私はあららと思う。きっと私が招き寄せたのよね、こういうの。

スパッと気持ちを切り替えて、猫のこと考えたり、今夜のお献立を考えたり、iPad 取りだして
アライグマが飼い主のスマホを洗う動画見たりしてなごむようにしている。人の悪口と
自慢話って、誰がどこで聞いても嫌なものだもの。

冒頭に書いたように、SNSの広がりは使う側にもモラルを求めてくる。
それは感情のままツイッターに暴言を書きこんだり、今回のように誰かの誹謗中傷を
書き連ねてみたり。学生やバイトのバカッターよろしく、それが社会的にひんしゅくを
買う行為であるとさえ分からずに動画を投稿して炎上したり。究極は処刑した人体を
全世界にネット配信するISISの人類に対する冒涜や、人間の尊厳に対する
挑戦だったり。

使う手段やメディアは違っても、やってることの根本は同じ。
どんな状況になっても自分だけが正しいなどという傲慢な勘違いはしたくない。

今の日本には、目に見えない何かが広がっている。



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