猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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リバイバル
私の自宅PCのデスクトップには、ボツと名付けられたフォルダがある。

このフォルダの中には、ブログ用に書き溜められたものの、一度も日の目をみること
なく打ち捨てられたファイルたちが入っている。今のブログの更新ペースは月一回になって
いるものの、実はかなりの量の文章がこのゴミ箱逝きになっている。特に最近はこの傾向が
強い。ジャーナリストの後藤さんの記事など、合計3ファイル、原稿用紙換算で60頁以上の
ゴミになり、今もそのままボツフォルダに眠っている。

どうしてこうなってしまったのかしらん。

以前は、フランス人の友人に置き去りにされた房総のビーチや、階段を転げ落ちてスケキヨ
状態のニューハーフを目撃した駅のホームから iPad でそのままアップするような自由な
ブログだったのに。

最近の私は、カバンのポケットに小さなノートを潜ませている。このノートには、頭に
浮かんだ素敵な言葉や、ネットで調べた小ネタ、ニュースで見つけた覚えたい英単語や
仏単語など、種々雑多な文字が書き連ねられている。まるで私の頭の中そのままの
グチャグチャな雑記帳の中からブログのネタを拾っている。

以前はそのまま書いていた文章が、今は一旦 Word に書いて誤字脱字を拾ってもらい、
書いた後も数日放置してから、再度校正や推敲をしたりと、それなりに手をかけるように
なった。ここまでしてアップしている内容が、今のレベルなのでお恥ずかしい限りw

きっといただく拍手の数が、いつの間にか 1000 を超えているのに気づいた日から、
自分の書いたものに責任を感じるようになってしまったのね。そう思うや、例え
バイブネタのくだらない雑文でも、何か自分の作品のような気がして、ちょっとした
お仕事感覚に。会社では誰にも言わないけど、職場で担当する一つ一つの案件が自分の
作品群だと思って仕上げる私。だから手を抜くことができなくて、時に外人の同僚たち
から呆れられている。何の気なしに始めたブログが、いつしかこんな手の抜けない
「お仕事」 感覚になってしまっていることに驚いている。勿論、ブログを書くことは
楽しくてしょうがないのだけど、こんなにも意識が変わるなんて自分でも信じられない
今日この頃。

今回はそんなボツネタからリサイクルの試み。途中で書くのを放棄した記事もあるので、
オチ無しのザックリ感は、どうぞご了承ください。



昨年のクリスマスのボツ記事
私のクリスマスが劣化している。
以下は、クリスマスに仲良しのブロガーさんの CM 欄に書いたコメント:

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なんかお腹すいたな~と思いながら、キッチンに行って棚をガザガザ。
一袋だけ残っていた柿ピーハケーン!

ニコニコとテンションが上がったまま、自分自身に向かって 「袋から出しなさい!」 と
いう。はい、と答えてナッツをお皿に盛り付けながら、大韓航空ごっこしてみた。
お茶と一緒にボリボリ食べながらテレビをつけると、キャスターがおもむろに
「クリスマスの今夜は」 などと言う。

おぅっ、今日クリスマスだった…….

街角の 「アベック」 を羨んでやさぐれるほど若くもないし、シティ
ホテルでディナーするほどバブリーでもなく。テレビニュースでクリスマスを
知る現実に、じっと柿ピーを見つめる啄木な私。
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まずここで気になるのはストックのお菓子が柿ピーなあたり。この時点ですでに独身
OLではないのだが。このブログを読んでいただいている方は、私がクリスマスにさえ
気づかないとしても、もはや驚かれることはないと思う。ただ、もしかしたら、大韓航空
ごっこは 「?」 な方が多いと思うのでちょっと解説。

実は私、お恥ずかしいことに一人でいる時は常時物まねをしている。自分でもうるさくて
しょうがない。これまで一度も人前で披露したことはないのだけど、気が付くと夢中に
なって練習している私がいる。

TVのコメンテーターにツッコミを入れながら、新垣結衣のブリブリチキンラーメンを
まねてなぜか自分にイライラしたり。さらに、毎回見る度に顔そのものが変わる割には、
演技としての表情が二つしかない深田恭子の顔まねで疲れたりと本当に忙しい。この前
など、いつの間にか櫻井よしこになっていて、脳内パククネ大統領を相手に議論をふっかけ、
気が付けば小一時間ほど英語でディベートしていた。「あなたのおっしゃるアジアはどこの
国かしら?」 もはや立派な基地だったりする。

時には歌を交えながら、同系列シフトでえなりかずきからさだまさし、薬師丸ひろ子を
経てラムーの頃の菊池桃子までをメドレーしたりする。私には彼らの発声が同じに
聞こえるのよ。ちなみに知らない方のために、菊池桃子はかつてロックシンガーだった
時期が、というよりも菊池桃子自体知らないのよね、きっと。以前、ラムーのコーラスの
二人が六本木の舗道を並んで歩いているのを見た時は、人だかりが道をふさいで
大変だった。道をふさいだのはファンではなく、彼女たちの巨体だったというオチ。

身振り手振り、リビングのソファを動かして物まねをやっていると、猫たちがわらわら
と集まるや、大声で鳴き叫んで大変なことになる。どうやら私の気がふれてしまった
と思って心配しているらしく、顔をのぞきこみながら必死に 「ね、ね、怖いから
今すぐやめてちょうだい」 と言う。

特に中島みゆきの 「地上の星」 や、ちあきなおみの 「夜へ急ぐひと」 は猫が大嫌い
なナンバー。すこぶる評判が悪く、猫たちの動揺がハンパない。夜な夜な一人で
お局スケーター村主章枝の顔芸を練習していますなんて、マニアック過ぎて誰にも
言えない。友人の誰一人として知らない私の秘密だったりする。こんなこと書いたら、
オフ会なんて絶対に出られないわぁ。

大韓航空ナッツ姫を見たわけではないのだけど、いくら一人暮らしでも袋ママざらざらと
柿ピーを喉に流し込むのは最低限とどまっている。人間、楽な方向に堕ちていくと際限が
ないのよね。自分にムチ打ち、せめて柿ピーでも小皿に出しましょうという独女の最後の
あがきだったりする。

それは一人暮らしの ♀ 友人宅に数人で遊びに行った時のこと。まるで引っ越した
ばかりのように綺麗なキッチンを褒める私に彼女が一言、「自炊の時はこれ一つ!」
と、タジン鍋を勧めてくれた。彼女曰く、一人だし、食べた後に洗うのがめんどう
なので、「もっぱら」 直火にかけた鍋からそのまま食べているという。鍋のフチ
には、おびただしい量の焦げが付着。これまでの食事の履歴でガビガビになって
いる。 「蒸して食べるから余分な脂が落ちてヘルシーなのよ」 といいつつ、蓋を
開けるやキューピーのでっかいマヨネーズを逆さまにしてモリモリにかける彼女。
ゴムスカート上等な彼女は、会社の健康診断でメタボの宣告を受けていた (女性
はウエスト90cm以上が目安) 。勿論、今も彼女の一人鍋生活は続いている。

反面教師。たとえ食べるものが柿ピーで小皿を洗うのが面倒でも、最低限この
ラインを守らないと、際限なく堕ちて行く自分がコワイ。



今年のお正月のボツ記事
新年明けましておめでとうございます。
本年も昨年同様、何卒宜しくお願い致します。

また、昨年大晦日をもちまして当ブログ阿鼻叫喚がめでたく二周年を迎え
ました。ワーワー、ドンドンドン、パフパフ。

更新が途絶えそうになると、さりげない気遣いで近況を心配してくださる
ブロガーさん。また、果てしなく下品に磨きをかけて進化する内容にもかかわらず、
いつもたくさんのコメントと拍手で応援してくださるご贔屓筋。時にあまりにも
勿体ない褒め言葉で持ち上げてくださるブロともの方々。私のブログがこうして
細々とでも二年間続けることができたのは、一重に飽きもせずこちらを訪れて
くださる皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

小学六年生の卒業文集に記した 「十年後の私」 。
そこに書かれていた私の未来は 「小説家。ベストセラー作家になっている」 と
いう一文だった。同級生の多くが、 「ケーキ屋さん」 や 「毎日毎日子供を産んでいる」
などと書く中、妙に自分のキャリアに色気を出す小学六年生。でも本当に作家になれる
なんて思っていなかった。田舎のお話好きな小学生が赤川次郎を読んで 「これなら
私でもイケる」 なとど、今となれば噴飯もののおこがましい妄想にふけっていたあの頃。

中学生になった私はなぜか日記を書き始め、その後、大学、就職、そしてイギリス
から帰るまでの二十年間、日々の想いを綴り続けていた。日記と言ってもその内容は、
ただの備忘録ではない。人生のスタート地点、十代に経験した悲しい出来事の数々を、
一体どうとらえていいのかわからない自分に苛立ち、日々自らを戒める言葉の暴力。
今の私の毒舌は、この頃、自らをおとしめるためだけに磨かれた。

ただ、大学生になった頃から、ものを書くことへの興味や内省と称して自らを痛め
つける自虐的な 「私の日記」 への想いが薄れ始め、即物的な世界に足を踏み
入れるようになる。きっと東京で新しい空気に触れて忙しくなり色々なものが昇華されて、
興味の対象が周囲の人間観察に移っていったからだろうか。文章は書いても、
いつしか身を削るような苦しみを訴え続けることがなくなっていった。

そんな私が、外国に行こうと決めた時に初めてアクションを起こした。日本を離れる
前に、何かやり残したことはないだろうかと自問自答の末、文章をまとめて残したい
と思いたつ。その後、出国前に駆け込みで一編の中編小説と短いエッセイを書き
上げると、大胆にもとある出版社に持ち込みを強行した。勿論そこで受け入れ
られていたら、今頃は作家先生になっていたのだけど。

その時持ち込んだエッセイの方のタイトルが 「阿鼻叫喚」 。内容は推して知るべし、
今、このブログに書いていることと何ら変わりのない有様だった。

その後、長らく文章を書くことから遠ざかっていた私が、ふと思い立ってこの
ブログを立ち上げたのが二年前。タイトル付けに悩むことしばし、その時ほんのり
と思い出したのが、このブログタイトル 「阿鼻叫喚」 と、切ない思い出だった。
あたかも売れなくなった歌手が自らの曲をセルフカバーするように、遠い昔、
自分が書き上げたあの作品に対する切ない想いをのせた、小さなオマージュ
だったのかも知れない。

このブログの文章スタイルは文語、口語体の入り混じり。崩した語彙と、プロット
も何もない駄文のかたまりにも関わらず、時にいただく褒め言葉の数々。 「向田
邦子さんの随筆を彷彿とさせます」 「面白トピックス部分だけをまとめて電子書籍
にしてみれば」 「極上のエッセイです」 等々、お世辞とは分かっていても、書き
こんでくださるその労力が嬉しくて涙ポロリン。単純な私は、あと十年はこの
コメントでなんとか生きていけそうな気がする。

今日はほとんどが自分語りで嫌な感じになってしまった。でも、私にとってこの
ブログの一番の醍醐味は文章を発表できることではなかったりする。この小さな
PCの窓を通して、日本はおろか世界中で、地道に日々を送るたくさんの方々と
触れ合う機会がもてたこと。もしこのブログを始めなければ、感じることの
できない経験だったと思うとそら恐ろしい。

大切な方を亡くされた方、ペットがいなくなってしまった方、自ら数々の病気を
かかえたり、なかなか仕事が見つからないで苦しんでいらっしゃる方。笑ったり
泣いたりしながら、みんな日々を精一杯生きている。

どこの誰か知らなくても世界のどこかで誰かが生きている、頑張っている。
そう思うと、私ももうちょっとだけ頑張ろうと思える。

それは過ぎ去ってしまった遠い過去のためではなく、
来たるべき未来のためでもない。

今日という日を、日々そのためだけに生きるということ。

心からありがとう。
そして、これからも仲良くしてください。



以上、ボツネタに二つほど息を吹き返してもらいました。
大切なお礼の記事にもかかわらず、なぜ新年の二周年記事をボツにしたのか。
きっと作家になりたかったという自分語りがおこがましかったのだと思いますw

勿論、ありがとうの気持ちは今も変わりません。

ひたひたと感じる春の予感。
はやく春になーれ!



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