猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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魂のルフラン
 丘の上に立つ私の足元には、こがね色に輝く大地が地平線の彼方まで延びている。どこか
懐かしい想い。それは子供の頃、日が暮れるのも忘れて走り抜けた広い草原の匂い。その
丘陵はやがて空と交わり、空もまたこがね色。どこまでいっても光り輝く金の帯が続いている。
柔らかな空気とそよ風が髪にまとわりついて、心の底から湧き起こる解放感に包まれた。

 すべてが輝いているのに、まぶしくないのは一体何故だろう。そう思いながら、先ほど
まで泣きはらした目を手で拭い、私はまた裸足のまま歩き始める。足裏に感じるあたたかな
風合いは、まるで羽毛の絨毯の上を歩いているかのような感触。細い道なりにゆっくりと降りて
いくと、やがて周囲に目が慣れて道端に咲き乱れる美しい花々に気づく私。私が歩く細い
道なりに、これまでに見たこともない大輪の花々が咲き乱れていた。直径 2 メートルはあろう
かというこの花にはなぜか茎も葉もない。無数の大きな花だけが、まるで人跡未踏の森に咲く
妖花ラフレシアのように、どっしりと道端に落ちている。私が通り過ぎるたびに、それぞれの
花からは金色の粒子が舞い上がり、キラキラとかぐわしい香りを放ちながら、そよ風を巻き
あげていた。

 大地のすべてが金に光り輝いているのは、この花が放つ魅惑の粉のせいなのかも知れ
ないと宙を見上げる。密度の濃い空の彼方には、無数のシーラカンスや透明なクラゲが泳ぎ
わたり、道々に倒れかかるモアイ像を空から見下ろしていた。

 これまでに感じたことのない恍惚感。うっとりと花の香りに包まれて、ゆるやかな丘の細道
をどこまでも歩いて行かれる、そんな気分になる。すると、その花々の大きな花びらの上に
金色のイモ虫が横たわっていた。小さな触覚をせわしく動かしながら、私に一生懸命に何かを
伝えようとしている。そして小さな声で 「ギャリーさんが探していたよ」 とメッセージをくれた。

 「ああ、いけない。すぐに行かないと。」

 そう思うやいなや、一瞬ですべての情景が暗転していった。

 辺りは漆黒の闇に包まれ、底知れぬ黒また黒の闇。アンモナイトが転がる化石の森の
果てに広がる暗黒の深みと、所どころに点在する夜光虫の蛍光色。深い緑色をたたえる
湖には、砂の船が浮かんでいる。その夜の真ん中に、光り輝く何かがゆらめいている。
目を凝らすと、そこには無数のクリスタルの尖塔がそそり建っていた。私の目の前に
林立する、天を突きさすバベルの塔たち。メトロノームのようなその塔は、一つ一つが
違う形の不規則なモザイクを織りなしている。塔全体が水晶でできていて、透明な建物
の表面には夜空を彩る星々の光のプリズムが小刻みに反射していた。

 その一つにゆっくりと近づくと、そのまま体が吸い込まれるかのように引きつけられ
て、いつの間にか塔の奥深くに立っていた。夜空の流星の光を受けて、紺、緑、薄桃色
からモスグリーンへと千変万化に変わり続ける塔の色と形。空洞の塔を下から見上げると、
そこには一点に集約する彼方まで、尖塔がどこまでものびている。先ほどまでの心地よい
安堵感はすでに消え去り、硬質に光り輝く冷たいクリスタルの中で私は一人怯えていた。
それはあたかも自らを覆い隠すすべてのものがはぎとられ、意識だけがむき出しに
されたような、ピリピリと鋭角的な刺激。

 「こちらですよ。」

 振り返ればそこには中世ヨーロッパの隠遁者が立っていた。頭からすっぽりとフード
をかぶったこの従者の顔は見えない。タロットカードに描かれた死神のような一枚布の
装束で大股に歩く大男が、その手にもったランタンで私の行く先を照らし出してくれている。
促されるまま疑いもなくついていく私は、そのままエレベーターに押し込められた。

 軽いめまいを覚えた次の瞬間、エレベーターの階数表示は 4029 を指し示している。
音もなくクリスタルのドアが開くと、エレベーターホールにはすでに先ほどの従者が待っていた。
暗闇の中をランタンで照らしながら私を先導すると、一つのドアの前で立ち止まり誰かに
向かって声をかけた。

 「お連れしました。」
 「お入り。」

 クリスタルのドアが開くと、部屋全体が流れ星に包まれていた。大きな窓の外を間断なく
行き交う星々の命。その光を背景に、一人の男性のシルエットがこちらを振り返った。

 「お帰り。」

 私はこの人を知っていた。

 「一体、何がそんなに悲しいんだい?」
 「私が無力なのが辛いのです。生きていても何の価値もない。」

 黙っていたギャリーと呼ばれる男性は、初老の白人男性に見える。暗がりの奥底に光る
瞳の彼方から、悠久の時を超えた光の塊が怒濤のように絶え間なく押し寄せてくる。そんな
ギャリーの顔だけが巨大なアップ映像になり、口を閉じたまま私に話しかけた。

 「そなたがアルデバランで生まれ落ちたあの瞬間から、私は共に生きて来た。そなたの
 魂は幾千回もの生まれ変わり死に変わりを繰り返す。時に男、時に女、ある時は国の王
 として、ある時は物乞いになって。またある時は僧侶として、そして障害をもった者として、
 多くの過去生をまるで役者が配役を演じるように、自分のテーマを生きて来た。」

 「何千もの転生を通じて、そなたはもはや “生” が何たるかを知っているはず。地上の
 人生でどんな職業をもつか、どれほどの地位に上りつめるか、いかほどの財を稼ぎ出し、
 そして何人の愛人をもつか….そんなことが “生” の目的ではないことはもうわかっている
 はずだ。」

 「ある時は差別されるもの、そしてある時は差別するもの。サナギから蝶へと羽脱を
 遂げるメタモルフォーゼを繰り返し、ありとあらゆる地上の欲望や体験を積み重ねていく。
 やがてその積み重ねがそなたの魂の糧となり、いつの日か究極の愛に到達することが
 できたなら、もはや生まれ変わりは必要ない。運命の輪を飛び出して、大いなる合一
 に向かう旅路にあることを理解している。」

 「性別も人種も職業も、すべては究極のゴールにたどり着くための手段であるということ。
 そして、そなたの周りにいる人間は、時にそなたのために悪役を演じ、時にかけがえの
 ないツインソウルとして、共に誓い合い生まれてきた。一人ひとりがそれぞれ違った
 成長過程を歩みながら、それでも最後は同じゴールを目指して切磋琢磨する
 大切なソウルメイトであると、もうとっくに気づいているはずだ。」

 ギャリーが話す一言一言はすでに私の魂に刻まれていることだった。地球という星の上で、
人はそれぞれの高さや深さを目指して、生まれる前に自らが決めたテーマを生きている。
だから、誰が偉いわけでも拙いわけでもない。誓い合い、励まし合い、同じ時代を生きる
と決めて生まれてきた魂の仲間たち。個々の成長度合いが違えば違うほどお互いの魂が
化学反応を起こし、より高次の成長レベルへと導かれていく。お互いが認め合い、信じ合い、
やがて生を卒業し巣立っていく学びの場としての星、地球。

 たとえそれが分かっていても、何故に愚かな戦争を繰り返し、憎しみ合い、子供たちの
命が奪われていくのか。目を覆いたくなる現実と、そして何もできない小さな自分が心の
底から悲しい。私の想いを察したギャリーの顔が拡大し、口を閉じたまま話しかける。

 「この世の中に価値のないものなどない。そなたが今、ここにこうして生きているだけで、
 全人類、全宇宙への貢献なのだよ。それ以上に何が必要だろう。そのままで、ありの
 ままでいてくれるだけでみんなが嬉しい。もしそなたが自分を嫌ってしまったら、一体
 どうやって他の誰かを愛することができるのか。まずは自分を認め愛すること。浅薄な
 自己愛とは無縁な生命の根源への畏敬をもち、自分自身を好きになるところから
 他者への愛が広がっていく。」

 「今のままでいい。そのままのそなたで十分。そなたがこれまでどれほど苦しみ、嘆き、
 それでも一生懸命に生きてきたかは、この私が知っている。何千年もの間、そなたを
 見つめてきた。」

 声のトーンが包み込みように変わっていく。これまで、何度も何度も転んでは立ち上がり、
立ち止まっては怒って泣き叫ぶ。被害妄想で人を恨んでみたかと思えば、時に勝手な期待を
かけておきながら、裏切られたと悲劇のヒロインを気取る。憐れみから物事に臆病になって
後戻りを繰り返しながら、それでもたった一人で歩いてきた私の白い道を、彼だけは見て
いてくれた。不思議で異質な一体感がひしひしと感じられて、ささくれた心が瞬時に癒され
ていくのがわかる。そんなギャリーの言葉をさえぎって、私は続けた。

 「テロリストが、神の名のもとに罪のない人々を処刑し、子供達の体に爆弾を巻き付けます。
 それを見た日本人は、そこに行った彼らが悪いと自己責任を叫びながら、処刑された犠牲者
 に呪いの言葉を吐き捨てる — “ざ・ま・あ・み・ろ” と 。
 私は、こうして死者を冒涜できる人間の方が、テロリストよりも遥かに怖いのです。私たちが
 日々を生きること、それ自体が自己責任の連続ではないのでしょうか。見も知らぬ他人の死、
 斬首された死体を全世界にさらされるという、究極の人権蹂躙と凌辱の果てに命を落とした
 犠牲者を前にして、何故にここまで残酷になれるのか。そして私は、そんな人々が犠牲に
 なっていくのを見ながら、何もできずにいる。」

 無表情のまま、ギャリーが話し始める。

 「それでいいのだよ。ただ見ているだけでいい。物事に自分なりの善悪の尺度をもって
 相手を裁けば、そなたもテロリストやその犠牲者を冒涜する人々と同じになる。自分の中で
 そっと気づいたなら、後は彼らがそれぞれの成長の中で、いつの日か自分で気づいて
 くれることを祈ればよい。そなたが何かを言って逆に疎ましく思われれば、また新たなカルマを
 創り出してしまう。それに、そもそも彼らはそなたの言葉に耳を傾けたりはしない。それぞれが
 自分自身の生の過程で気づいていくしかないのだよ。」

 「今の日本は、大きな転換期を迎えている。東日本大震災で覚醒した人たちは、次の踏み絵
 として今回の人質殺害事件を体験した。二人の人質の死に際し、どのような気づきを得るか
 が試されたのだよ。この二人の命が、今後の日本人を分けていくリトマス試験紙になっている。
 色々な周辺情報に惑わされ、この二人の魂の輝きに気づけなかった人たちは、今回恩寵として
 もたらされた大いなる覚醒の時を逃した。魂の成長の分水嶺にあって、残念ながらその気づき
 に至ることができなかったということだ。だからといって誰も彼らを責めることはできない。
 ふと耳を澄まし、目を凝らして周囲を見渡せば、こんな気づきは日々至る所に溢れている。」

 「例えば今回、世界の元ハンセン病患者が日本に集まったのは偶然だろうか。人知れず隔離
 され、この世に生まれ落ちた存在の軌跡さえ消し去られた人々。人類がもつ、ありとあらゆる
 偏見や残虐性の限りを尽くして差別が加えられたライ病患者というレッテル。劣性遺伝子を
 残さぬためという残酷な大義名分のもと断種手術という辱めを受け、自らの母親にさえ
 捨てられた人々。そんな絶望と言葉にできない屈辱の中で日々を生きて来た人々に、
 日本の両陛下が手を差し伸べた瞬間を見ただろうか。宗教家でもない、政治君主でもない、
 日本という国の象徴としての存在が、これまで人類の歴史の中で黙殺され続けてきた
 道端の小さな、しかし聖なる花々を愛の光で包み込んだ瞬間だ。」

 「握手を終えたインド人の元患者が記者会見でつぶやいた。“ 陛下は、家族からも手を握って
 もらったことのない私と親しく握手してくださった。その瞬間、これまでの苦しみや痛みが
 心からスッと消えていきました”。そなたは同じように元ハンセン病患者の手をとることが
 できるだろうか。お二人のこの握手一つが、人として扱われたことのなかった彼らの魂に
 どれほどの救いをもたらしたのだろう。」

 「 “ざまあみろ” も、この小さなニュースも、共に今の日本で起きたこと。何も絶望する
 ことはない。しっかりと目を開いて、これからの世界に溢れるメッセージを受け取り、気づいて
 いかないといけないのだよ。これから世界はすべてが両極端になっていく。更なる覚醒と
 成長、拡大を続ける魂と、どこまでも堕ちていく魂。そんな場面に出会ったら、まっすぐに
 前を向いて、惑わされることなく、正しいと思うものを選びなさい。そなたはどう生きていき
 たいのか、今一度しっかりと自分の胸に聞くといい。今も流れる時の一瞬一瞬が、すべて
 気づきの分水嶺なのだから。」

 垂れこめる暗雲、その決壊の雲間から差し込む一条の光、そんなやさしい気持ち。春先の
内海のように凪いだ魂のカタルシスが訪れる。忘れそうになっていた誓い。生まれる前に自分に
誓った想いの数々が今、鮮明に蘇る。今の自分そのままでいいという絶対的な無条件の愛に
包まれて、私は再びギャリーの瞳をまっすぐに見た。

 「十八年もどこにいらしたのですか。」

 問い詰める私の目の前で、ギャリーの体が見る見る間に透けていく。

 「私はいつもそばにいる。アルデバランで生まれ落ちた瞬間からずっとこれまで一緒に歩いて
 きた。そしてこれからもずっと一緒だよ。そなたが目くらましにあって自分勝手な自己憐憫を
 嘆かない限り、いつも私が見えるはず。何があってもそばにいる、私は見放さない。ずっと
 ずっとそばにいるよ。」

 手を差し伸べた私の前から心の声だけを残してギャリーが消え去ると、クリスタルの塔や
従者たちも立ち消えていく。それはソドムの街を振り返り石柱と化した人々が、風にさらされて
崩れゆくように、さらさらと砂粒になって大地に吸い込まれていった。幾千、幾万の流れ星の
命が消えていく煌びやかな夜空を、宙に広がるオーロラのカーテンが覆い隠し、私の意識は
また器の中に封じ込められていく。

 うなされながら手を伸ばし、気がつけばいつものベッドで目覚める白い朝。

 そんな私の、夢一夜。



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