猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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自信をもって
都議会のセクハラ野次問題。

なぜか日本外国特派員協会の記者会見を通じて話は世界に拡大している。
これに乗じて例のごとくマスコミが煽り立て、この件で国際的に恥を晒す責任は、
なぜか安倍首相にあるとまで飛躍させて大騒ぎ。順番からいってまず 「当日現場で
野次騒動に参加していながら、内容に集中するあまり」 何も覚えていらっしゃらない
舛添都知事の采配を非難するのが先ではないの。都議会の長は一体誰よ。

責任の所在探しと吊し上げはいつものパターンだけど、私に言わせれば、事を大きく
した責任者は安倍さんでも舛添さんでもない。発言者は言うまでもなく、あの発言に
同調して笑った腐れ議員や、それを見て見ぬふりをし続けた女性議員たちすべてが
同罪。むしろよくもここまで長い間放置してきたと思う。

事が発覚してから、やれこんなこともあったとか、あんなこともあったとか。鈴木議員の
処罰が通らないと知るや、テレビカメラを意識しての異論申し立てに議場を走る、走る。
そういう三文芝居は、あなたたちが最初に野次で侮辱された時点でやるべきだったわね。

被害者を気取って必死な告げ口の数々が、どこかの国の女大統領とかぶって見苦しい
ことこの上ない。そんなことで本当に、赤ちゃんがいて生活が手一杯でも働くことのでき
ない女性のために、そして、声をあげることさえ許されない社会的弱者のために、都議
として戦ってくれるのですか?税金を使ってこんなグダグダに時間を費やす現在、
本当の被害者は一体誰なのか、今一度猛省を請う。

私はだからといってこの野次が許されるとは言っていない。ただ世論が導く 「女性の
権利」 にフォーカスを当てた風潮が気に入らないのだよ。だから外国のハイエナプレス
においしいエサを与えてしまった。この一件で傷ついたのは決して女性だけではない。

たとえば 「結婚しないのか」 というセリフ一つに、どれだけの人たちへの侮辱が含まれ
ているのか。思考停止のマスコミは女性の権利でストップして先に進まない。未婚キー
ワードの対象は何も女性だけではないのだよ。結婚しない、もしくはできない男性、
性同一性障害の方、レズビアンを含めたゲイの人達、また何らかの障害をもって結婚や、
その先の子作りができない多くの方たちの心を引き裂いたのだ。辱められたのは決して
独身女性だけではない。そして、こうしたマイノリティーの人達の権利については、
マスコミが触れることさえないのね。存在自体ないこと扱いですもの。

そもそも同じ議場でこういう体質を無視し続けてきた都議は全員同罪で、特に女性議員
たちは今更被害者面する権利など微塵もない。あなたたちが最初に止めなかったの。

さて、今日私が書きたいのは、野次そのものではない。外国のプレス批評に振り回され
てばかりの日本人にひとこと言いたいのだ。

日本に自信をもって。そして、言うべきことは言う。

英単語の中にカラオケやアニメ、忍者と並んでそのまま英語になった日本語がある。
それが Gaiatsu (外圧 → foreign pressure)。つまり外国からの圧力という意味。

1985年のプラザ合意とそれに伴うバブル景気の始まりの中、日本はこの世の春を
謳歌する。その経済は世界を席巻、先進国はこぞって日本の経済的成功を研究し、終身
雇用制やMITI (通商産業省) に成功のカギを見つけようとしていた。そんな中、生まれて
きたのが Gaiatsu という言葉。例えば、鎖国していた日本の扉を世界に向けてこじ開けた
ペリーは外圧だし、経済力で追い抜かんとする日本を潰しにかかったアメリカの政治、
経済的な圧力のすべてが外圧。

つまり一連の日本研究で日本は外圧に弱いと足元を見られてしまった。だって英語に
なったんですもの、この言葉。

折も折、テレビでは今回のセクハラ野次会見を受けて外国人記者たちが日本のマスコミ
からインタビューを受けていた。私が見たのはアメリカ人とフランス人の記者だったけど、
そのコメントは次の通り。

 「サムライの国、日本でこんな発言が出るのは恥ずかしいこと」
 「アメリカにも野次はあるけど、ここまでひどくない」

こうした話をベースに、日本の各種マスコミは 「ああ恥ずかしい、日本の恥」 と騒ぎ
立てる。もう国際舞台に出て何十年という日本が、いまだ白人様のコメントには無条件
降伏という現状が私には理解できないのだよ。

そもそもこういう美味しい差別ネタを暇にまかせて拾い上げ、世界に発信するという
下卑た作業が彼ら特派員の仕事。スキャンダラスであればあるほどお金になるのは、
日本も外国も一緒。そんな彼らにコメントされたところで、いちいち騒ぐ方がおかしいの。
高速パパラッチで一国の皇太子妃ダイアナを追いつめ、事故に遭わせて殺してしまう
ような人達が、社会正義を担うジャーナリストを名乗っている現実を見ましょう。

世界情勢を冷静に把握していれば、こんなクズコメントの一つや二つ、余裕をもって
「話半分」 に切り捨てることができるはず。あえてご神託とばかりに真面目に受け取る
日本人は、きっと真面目過ぎるのね。

今回の野次もそうだけど、相手から投げかけられた言葉を受け取るか否かの権利は、
言われた側にあるもの。もし言われた内容が到底認められるものでなければ、先ほど
書いたように、言われたその場できっちり異議を申し立てる。それは、日本人同志
でも相手が外人であっても変わりない。日本人同志でも 「ねえ、ちょっとそれひどいん
じゃない」 って言うし。

たとえばさっきのサムライの国発言など、私がインタビュアーだったらそこで話を止めて
撤回を促すわね。サムライの潔さを勘違いしての発言だと思うけど、男尊女卑の封建
時代に生きたサムライを女性の権利発言の揶揄に持ち出すには、例えとしての意味が
180度違いますよと。残念ながらサムライの方が女性蔑視だったのだ。申し訳ないけど、
その場で彼の知ったかぶりや、ジャーナリストとしての見識のなさを指摘させていただく。

またサムライみたいな文化的概念を使った言葉での攻撃は、日本人のプライドにも
触るわね。私だったら 「自分の妻子を守るために銃をとる正義の味方
アメリカンカウボーイが、今やアフガニスタンやイラクで他人の妻子を殺す皮肉に
ついてはどうお考えかしら」 と聞き返す。面倒でもその場その場で 「そういう言い方は
失礼です」 「撤回してください」 「私はそうは思いません」 と言わないとコミュニケー
ションにならない。

ここからプレスで発言していたアメリカとフランスに対して塩対応に入る。いつも
通りあらかじめお断りしておけば、私はこの二国が大好きだ。アメリカ人のフランクさや
ユーモアのセンス、フランス人の文化的造詣の深さを心から愛している。でも、それとは
別に言うべきことは言わせてもらうわね。

日本語にある 「自分のことは棚にあげて」 という言いまわし。この背景には、人を批判
する前に、まず自らを律せよという慎ましやかな姿勢がある。他者や人生へのかかわり方
そのものが奥ゆかしいのが日本人。それが美点でもあり欠点にもなっているのが、今の
日本だと思う。人は他人を非難するとき、自分のことを棚に上げるものなのだ。

例えば、今回のセクハラ野次。これは日本の地方自治体、東京の議会で起きた話だけど、
アメリカやフランスのセクハラはそもそもスケールが違う。

まずはフランス。こちらは都議会議員どころか一国の大統領が、浮気からダブル不倫
までやりたい放題。なぜか親日と反日が入れ替わりに大統領になる不思議な国だけど、
親日シラク元大統領には日本に妾がいたし、ミッテランは葬儀に愛人が出席、反日
サルコジはダブル不倫で世間をにぎわした。さすが少女買春のイタリアの種馬ベルルス
コーニ首相を師と仰ぐバツ3男の威力はスゴイ。言うまでもなくこの国では、不倫は
文化なのね。

そもそも国のトップからしてセクハラやり放題の国のジャーナリストに、日本のセクハラ
を裁く権利などないのだよ。まず自国の行状を恥じるところから始めなさい。

女性の権利などと一見耳に心地よい言葉は全部まやかし。そもそも人権大国として
日本の死刑制度を非難するフランスが、中国政府との貿易交渉を目的に、あえて
チベットやウイグルの人権侵害にふれなかったり、しかも売ろうとしている商品が人殺し
の兵器だったりというのは何の人権ギャグなのかしら?かつては国境のない記者団を
率いて、中国の人権侵害を糾弾する急先鋒だったのに、今は移民問題でそれどころ
ではない。人権や人道主義という美しい理想を掲げて受け入れた移民が、今や国民の
重石になり、欧州議会選では極右の国民戦線 (FN) が圧勝してしまった。これまでの
北アフリカ系移民やアルジェリア人差別に加えて、ロマを大量に強制送還している。

ロマはいわゆるジプシーの人たち。欧州の人権活動家にとってはユダヤ人同様、
あまり触れて欲しくない差別の黒歴史だ。つい先日もロマのキャンプで少年がリンチに
あい、スーパーマーケットのカートにボロ雑巾のように投げ捨てられていた。

こうした状況はフランスに限らず、欧州全般で起こっているのは周知の通り。移民政策
の失敗から多くの国でナショナリズムが台頭し、社会問題化。かつての輝かしい欧州の
人権の理想は木っ端微塵に吹き飛びつつある。

一方のアメリカ。最近本を出版したモニカ・ルインスキー嬢。ヒラリーの夫、ビルは世界
最大の超大国アメリカの頂点に立つ大統領の地位にあって、学生アルバイトのモニカを
執務室に連れ込んで一体何をしたのかしら。しかも白昼堂々、就業時間内のご利用で。
妻子ある男性が若い女性を妾同然に扱って、それは愛ですか?それとも不倫という
名のセクハラですか?

さらに、つい先日の記事でもオバマ大統領の英語スピーチを翻訳してご紹介したが、
そのスピーチの中で彼は日本の慰安婦問題をするどく批判していた。そして突如として
昨日、朝鮮戦争時にアメリカ兵のキャンプで慰安婦をしていた韓国人女性たちが、
韓国政府に対して賠償訴訟を起こす。

同じ慰安婦問題でも日本には日本政府へ、アメリカのケースでは韓国政府への賠償
請求という韓国人の意味不明さは、相変わらず誰にも理解できないのでとりあえず
おいておく。

問題は、これによってキーセンを始めとする韓国の売春行為は、日本軍との関わり
だけではないということが、全世界に流れたという事実である。橋本徹氏が主張した際に、
他人事で日本を糾弾したアメリカの化けの皮がこうして剥がれた。この慰安婦問題を
離れたところでも、 「現代の」 アメリカ兵がイラクで男女を問わずに行った性的虐待は、
セクハラを通り越して人類の人権に対する挑戦だった。

そんなアメリカやフランスの記者が東京都議会のセクハラ野次を国際化して、日本のマス
コミが火に油をそそいでいる。

おまいう、あんたたちにだけは言われたくないの。

先ほども書いた通り、だからこのセクハラ野次が許される訳ではない。外国のプレスが
どんな与太話でクチバシを挟もうが関係ないということ。これは日本人のモラルに対する
日本人の問題だ。海外では野次が議会の華と言われるから、じゃあ日本でも猿マネでは
困る。外国人プレスにいわれるまでもなく、日本人が自浄作用として、こうした悪しき慣習を
改めればならない。

そして移民問題は、日本も他山の石とすべき大命題。私は 「移民は難民化する」 と
考えている。だからこそ安易に移民を説いたり、セクハラで女性をいじめたりする前に、
日本人女性の有効活用を考えてほしい。環境さえ整えば、日本女性はまた子供を産んで
くれるし、自らも優秀な労働力として日本経済の起爆剤になってくれるはず。だって、
なでしこジャパンのメンタルは世界一なのよ?

どこかの国の慰安婦問題は、自国民の自爆で真実が勝手に公になってきている。それは
欧米型の理想的な人権主義が破たんするように、ついた嘘はいつしかばれるという自明の
理なの。

中国で反日デモが起こっても、そのお返しに日本国内の中国人を殴らない。それは在日
中国人の一人一人が、こういった政治問題とは別物だと理性で分かるから。アルジェリアで
罪のない邦人が意味もなくなぶり殺しにされても、彼らイスラムの法にのっとって、目には目を
のお返しをしない。それは憎しみは憎しみしか生み出さないことを、日本人は知っているから。
こうして、じっと黙って耐えてきた日本人の魂は確かに高潔だ。

でもね、そろそろ嫌なことは嫌、ダメなものはダメと主張してもいいのではないかしら?

もっともっと自信をもって欲しい。


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心理テストと人生ゲーム
いつも遊びに来ていただいているブロガーさんから 「ウォーリックさんは強いですね」
とのコメントをいただいた。

そういえば以前、会社の宴会でデブなおつぼねからセクハラに遭っているイケメン新社員を
助けるために座布団をバンバンした時や、ハワイで現地のリゾラバにはらまされた知り合い
女子を助けるために、英語で乗り込んだ記事を書いた時は、何て男らしい!とか、ウォーリック
さんの生きざまに武士を感じます等のコメントをいただいた。

その一方で、長く記事を読んでいただいていたブロガーの方から、ある日突然 「今までニュー
ハーフの方かと思っていました」 とか 「ついぞ男性だとばかり....」 というコメントがくる私は
一体何なのだろう。誤解のないよう断っておけば、個人的にはどんなコメントもとても嬉しいの
だけれど、実はこうした反応は今回が初めてではない。そのルーツは一体どこにあるのか、
ちょっと考えてみた。

それは大学生の頃、クラスでは心理テストが流行っていた。出版される書籍の数もさること
ながら、テレビではその手の番組が多く、みんなこぞってインチキ心理学者になっていた時代。
女子数人でお菓子を囲んでいる休憩時間、クラスメートの澤君がやってきた。

 「ねえねえ、心理テストやろうよ」

ちょっと占いみたいで意外な結果の出るテストは女子の大好物。すぐにやろうやろう!
ということになり、みんなワクワクして身構えていた。皆さんもそれぞれ心の中で回答して
みていただきたい。

 「広い野原のまっすぐな道を歩いていると、三匹の動物に遭いました。順番にどうぞ」

周囲の女子たちは口ぐちに 「最初はウサギでぇ、次にリス、最後にカエルかな、キャーッ」
などとキャピキャピしている。私はなぜかこの空気に馴染まない自分を感じて、口をつぐんで
いた。大抵の女子がこうした小動物をあげる中、いよいよ澤君が私に目を向ける。 

 「ウォーリックは?」
 「あ、私はいいわ」

とても恥ずかしくて言えないし、かといって嘘をいうのも嫌だ。ここは穏便に他の子の結果
だけを聞いておこうと逃げをうつ私。

 「個人的には君の結果が一番知りたいんだけど」

周囲からヒューッとはやし立てる声。そんなんじゃないのは私と澤君が一番知っている。
きっと化けの皮をはがしたいのだけなのだけど、こうして外堀から埋められては仕方ない。

 「最初が熊、二番目がバンビ、最後はクジラ」

みんな最後のクジラに食いついてきた。 「なんで野原にクジラよ」 「陸揚げされた感じ?」
と騒いでいると澤君が結果を発表すると言う。

 「最初の動物は、他人が見た自分のイメージ。次は自分が他人に見せたいイメージ、
 そして最後が自分の正体なんだって」

早速、澤君が私の分析開始。 「森の熊さんだったり、バンビだったりと取り繕っても結局
は陸揚げされたクジラ」 という私の結果だけがいじり倒されて終わった。でも、口にこそ
出さなかったけどね、私がイメージした熊やクジラはそんな生やさしいものではなかった
のだよ。

私が最初に出会ったのは、二足立ちして4メートルはあろうかという人食いグリズリーで、
口から血をたらしながらバンザイをしていた。また、最後のクジラも陸揚げなどされていない。
そのクジラは遥かグリーンランド沖、世界の海洋深層水が生まれるその場所に悠然と泳ぐ
白鯨で、自分の体に絡みついたダイオウイカを引きはがそうとグルグル回転している最中
だった。ヒレのひとかきで優に百メートルは進むかという、それはそれは大きなクジラだ。
ま、どのみちロクなもんではない。

つまり、周囲の人は私を凶暴な人食い熊のイメージで見ていて、その実、むなしくも私は
一生懸命にバンビを装い、しかしその実体はイカが巻き付いたマッコウクジラという。

 「ふん、ちっとも当たっていないわ」

と独り言を言う。

時を同じくして心理学のクラスでは大掛かりなアンケートがあった。この教授はマスコミに
出たがりの心理学者で、芸能人の心理テストの結果を実名で晒しては人気を得ていた。
今回のテストは、男性度/女性度をはかるテストで、より多くの被験者が必要だから協力
してほしいとの要請だ。なぜか偏ったマーク位置のアンケート用紙に一抹の不安を覚え
ながら提出する私。個別の結果は二週間後のクラスで返却しますとのコメントにドキドキ
と期待して結果を待った。

そして二週間後。当日返された結果を見た私の頭の中には、高校の生物で習った染色体
異常がデデデとよぎる。超メスとかクラインフェルターなどというすんごい名前のアレだ。
超メス.......なんと100名超受けた学生の中で男性度が堂々のトップ、女性度が上から
3番目だった。

                  ha_convert_20140618003104.jpg

マイクをもった教授は、同じテストを実施した芸能人の中で、吉永小百合さんの男性度
がもの凄く高かったり、和田アキ子さんの女性度が異常に高いなどと言って笑いをとって
いた。一方の私はといえば、男性度/女性度の両方が同時に高い上、その数値がマックス
に振り切れていることに恐怖し、授業が耳に入らない。何故にしてあの和田アキ男より
男性度が高いのだろうと生きた心地がしないのだ。なんかのビョーキなのかしら。

授業を終えてそそくさと教室を出ようとする教授。心理学者というのはいつも塩対応。
◯◯症候群とか△△シンドロームとか適当な名前の病気を作っては人を不安に陥れて、
そのくせ解決策の処方箋なんか書いてくれない。置きっぱなしにされたこっちはどーすん
じゃ。逃がすものかと思う。

彼の肘を強引につかんで机に引き戻す私。渡された紙を開いて 「あのぉ、これなんです
けど」 といいながら、おずおずと教授をにらんだ。

 「ああ、あの君か」

その 「あの」 は何よ、 「あの」 。

 「君はアンドロジーニアス。つまり心理的両性具有だよ」

聞けば、肉体的または染色体としての両性具有者ではなく、精神的に両性の特徴を
マックスにもったパーソナリティーで、70年代以降、世界的に増えている傾向なのだとの
こと。星飛馬の父ちゃんみたいに、気に入らないとちゃぶ台返し!が男らしさとするような
旧来の性役割とは違う、現代にマッチした人材。仕事も家庭も両方こなせるハイブリッド
なのだよ、と言う。でも私は極端な女権拡張論者や、口を開けば男女同権を唱えるあの
「カバがオカッパのズラをかぶった」 ような前社民党議員タイプの女が大嫌いなのだが。

そ、それは専業主婦にはなれないということですか、とトンチンカンな願望を口にする
私に、どちらかといえば仕事をもった方がいいときっぱり言い放った先生。

あれからウン十年、今も私はアンドロジーニアスな独身だ.......・゚・(ノД`;)・゚・

この一件の後も、友人に卒論に使うバウムテストの被験者をお願い!と頼まれた私。
「バウム」 はバウムクーヘンのバウムで、ドイツ語で木の意味。被験者に紙を渡し、
それぞれ木の絵を描かせて、その絵から被験者の深層心理に迫るという有名なテスト
なのだけど、この友人からは理解不能のお墨付きをもらっている。

私の描いた木は、荒涼とした大地に細長くトゲのように生えている。その木には葉も実も
なく、風にゆがめられて地をはうように曲がりくねっている。その木の背景、遥か地平線
の彼方には異様にとがった山並みと、そこにかかる意味不明の虹。どのポイントから
見ても規格外で、判定不能な絵なのだそう。

男性度/女性度のみならず、個人としてのパーソナリティーにも判定不能が出た私は、
以来、心理テストと名のつくものに触れていない。なんかもうどーでもいい感じになって
いる。もはや結果にドキドキできなくなった私は、単に年をとっただけなのか。今更
あなたはこうです、と言われても、そんなの分かっていますのよ、ホホホなのだ。

まだ将来が分からない子供の頃の私は、目の前に多くの扉が開いていた。だから
お正月の 「人生ゲーム」 も楽しかったのだよ。株が当たって5000万ドルを手にし、
医師になった後は結婚して、ビッグダディ並みの子だくさんになった。ピンクとブルー
のエノキみたいな子供たちをたくさん車に乗せて興じたあの頃。たとえゴール直前
で家族もろとも貧乏農場逝きになっても、そんな共倒れが心から楽しかった。

今はもうあの 「人生ゲーム」 ができない。

大学生のあの頃、もし野原で出会ったのがウサギさんだったら、もう少しまっとうな
人生を歩んでいたのかしら。

でも、今こそ私が主役の人生ゲームなのだもの。
これからも毎日をまっすぐに、そして楽しく生きていかなくちゃ!



なんかおかしい
「風の彼方に」 に続き、 「水色の恋」 のリンク先も逝ってしまった......\(^o^)/オワタ
もしやこれは私のせいだったのかしら。特に 「水色の恋」 は映像も音源の質もよくて気に
入っていたので、なくなってしまって本当に残念。

ところで今日は、また嫉妬について記事を書いてみたいと思う。

以前の記事で、日本社会が繰り返す褒め殺しと、それに続く引きずりおろしのサイクルに
ついて書いた。日本人は自分より優れた才能や財力、名声をもった人間を許せないという
悲しいお話し。

犯罪を犯した訳でもないのに、某有名新聞社により差別的に出自を暴かれた橋下徹氏、
成人した息子の犯罪に足を引っ張られたみのもんた氏、なぜか汗のかき方や眉毛の形
まで非難されていた猪瀬前都知事。彼らを襲う猛烈なバッシングの嵐。

そして先日、小保方さんが論文を取り下げた。

今回の彼女に対する異常なまでのバッシングの背景には何があるのだろう。恐らく
今日の記事に対しても反論をもつ方が多いと思うので、最初に断っておきたい。世の中
には人の数だけ違った意見があって当然。もし反論があればご自身のブログで議論を
展開される様、あらかじめお願いしたい。

事の始まりはインターネット。無記名のはき溜めに投稿された小保方氏の論文に対する
疑義の数々が始まりだった。これは誰が仕掛けたのだろう?

論文に使用されていた画像が違うとか、はたまた発表されている彼女の博士論文にまで
遡って検証ができる人々とは一体誰なのかしら?その後、論文の書き方や実験ノートに
論点が移っていく中でも、徹頭徹尾、最初から一連の引きずりおろしは、もの凄く細分化
された専門性をもつ、この分野の同業者にしかできない。もしかしたら世界的な世紀の
発見かも知れない最先端の学術論文に対して、論理的に反駁を加えられる素人なんて
いないでしょ。

有名大学の教授、先進の研究施設研究員から、いくら頭脳明晰でも日の目を見ることの
ないポスドクの研究者たち。彼らが、ここぞとばかりに想像もつかないような妬みの怨念
をもって、検証と言う名の引きずりおろしをインターネットで始めたのがスタートライン。

匿名のインターネットは便利ね。

平素、顔出しで◯◯大学教授の肩書では口が裂けても言えないような辛辣な誹謗中傷も
安全圏から自由勝手に投げつけられる。そんな専門家の攻撃に晒されたら、駆け出しの
研究者はたまったものではない。嘘だと思うのなら、これまでの小保方批判スレで、世の中
に五万といる 「のせられやすい人たち」 を煽って来たコメントのIPを抜いてごらん。小保方
さんの会見後、Twitterでゾクゾクとアンチコメントを送り出した教授や研究者の名前と
符号すること請け合い。

齢30歳、天下の理研で実験をしながら海外の研究施設を渡り歩き、業界ではポッと出の
無名な女性研究者が、iPS細胞を超えるかも知れない論文を、しかも世界の権威ネイチャー
に採用されたんですもの。悔しくて切なくて、すぐにでも息の根を止めたいとでも思うのが
常でしょう。出る杭は早めに打つのよ。たとえ大局で見て、日本人の名誉、重病者救済、
世界の科学や人類への貢献といった大義への可能性を潰してでも、始末しておかなけ
れば腹の虫がおさまらない。

これで焚きつけは完了。ここから先は専門的な知識がなくてもあらゆる角度から引きずり
おろしができるので、今度はいつものマスコミにバトンタッチ。もともと頼まれてもいないのに
勝手に割烹着姿を撮影したり、研究室のムーミンを流したりして、ごく普通のお嬢さん、
ちょっと不思議キャラの設定。研究とは関係のないところであれやこれやと持ち上げて、
そしていつも通り一挙に佐村河内守さまとならぶ詐欺師扱いまで貶める。

当初、女性部分にフォーカスされるのを嫌がり、マスコミと距離をおいていた小保方さん
を攻撃するため、ありとあらゆる専門家や自称理系ジャーナリストを総動員して個人攻撃
を開始。そのメンバーも実は原発問題で虚偽の発言歴がある 「医療コンプライアンス
を問う」 社会派の教授だったり、文系出身なのにリケ女を装う自称ジャーナリストが、ドヤ
顔で 科学の初歩を説きながら叩く。そもそも嘘つきがなんでコンプライアンスを語ることが
できるんじゃ。テレビで人を裁くなど百年早い。

潮目が変わるやいなや、本来は一番の味方であるべき理研と、そして何より共同研究者
の仲間が保身のために手のひら返し。ここまでおおっぴらにされると、個々の人間性が
手に取るように分かって小気味いい。

当の理研はといえば、自ら勝手ににわかごしらえした胡散臭さ満点の検証グループで
小保方さん一人に責任を押し付けてお開き。しかもこの構成員のほとんどが小保方さん
同様、自らの論文に捏造歴アリなどとまったくドリフのコントだわ。

追いつめられて会見を開いた小保方さんの対応を見て、「涙で女を使った」「科学者では
ない、まるでワイドショー向けの会見」 などとののしる同業科学者たち。そもそも記者会見
というのは、マスコミ対応なのだよ。理研の対応に関する小保方さんサイドの反証であって、
STAP細胞そのものの論文内容を科学者向けに行うプレゼンではないのだ。しかもここ
まで追い詰めておいて、泣いたら女を使ってるとか何様じゃ。

もともと勝手に女部分にフォーカスしたのはマスコミだし、ここまで本来の論文齟齬と
関係ない個人攻撃で日本中から叩かれたら、会見で涙どころか普通の神経ならとっくに
自殺している。

片やインターネットの書き込みをみれば、投稿者の人間性を疑うような支離滅裂、人格
破綻、品性下劣な汚らしいものばかり。人の心とはかくも醜いものかと目を覆いたくなる。
もはや論文の画像差し替えに触れているコメントなど一つもない。

どこぞの国の陰謀だとか、カルト宗教に入信している、早稲田大学は裏口入学でご両親
は日本人でさえない、さらに指導教授とは男女の仲などと、同じ日本人として、また根源的
に同じ人間としてその品性を疑いたくなる唾棄コメばかり。

私は土日を利用しては、ありとあらゆるアンチ小保方スレに出向くと、グダグダと訳の
分からないコメントをする投稿者を捕まえては、ぐうの音もでないほど完膚無きまでに
叩きのめしてきた。ひでぶな感じ。

ヒマだと言われればそれまでなのだけど、こういう心根のゆがんだ卑怯者が心底許せない。
私が行ったスレは次々と過疎って、しまいには誰も近づかなくなっていく。そもそも連中の
「お前ら小保方擁護派は」 という出だしからして気にくわないのだよ。

まず見も知らぬ人を捕まえてお前らと呼べるあなたの育ちと親の顔、小保方ではなく
小保方さん、擁護派もなにも、たかが論文の齟齬の話にもかかわらず、STAP細胞の
有無や理研への法的措置までも一緒くたにできる知性、また、都合が悪くなると 「バーカ」
の連呼は、これまでの人生が垣間見えてお寒い限りざますわよと、一つ一つ重箱の
隅をつつくようにぶった切っていく。またIPを変えて他人のフリをしても、文体や口調で
ほとんどを見破っては再度戦いを挑むので、しばらくすると死ねとか言って誰も寄り
付かなくなるのだ。こんなやり取りを続けていると、ほんの最近聞きかじった言葉を
ネットで試してみたい中学生か高校生なのだと思いたいが、もしこれが成人した大人
のコメントだとすれば日本の未来は非常に暗い。

(時に私は一体誰と戦っているのだろうと思ふ)

論文がおかしかったら、それをあげつらうのではなく、何とかネイチャーに上梓した
まま、それをカバーしていく方策をオールジャパンでフォローしたりはできなかったの
だろうか。こういう時こそ同業の研究者たちが協力を申し出たり、日本発の画期的な
研究として一丸となった協力態勢でバックアップというのが本筋ではないの?

事はまだ論文の話で、STAP細胞が本当にあるかないかなど誰にもわからぬうちに、
論文が取り下げられてしまった。これでSTAP細胞を模倣した論文が他国から出されても、
もはや文句は言えないのだ。

もしかしたら小保方さんの研究は未確定で、STAP細胞もなかったのかも知れない。

でも、現時点で彼女の論文が 「科学的でない」 と言うのであれば、第三者による再現
実験の結果が出る前に捏造だと決めつけたり、論文の取り下げを勧告することも同様に
「科学的ではない」 のだよ。未知の科学とその可能性。万が一にもその可能性が残って
いるのであれば、それがあるにしろないにしろまず実験と検証を行って結論を出してこそ、
真理を探究する科学者といえるのではないのですか?

論文齟齬やその他実験の進め方を含め、あまりに独自な方法で進めた彼女のやり方に
対して、職業としての科学者たちは反感をもったのかも知れない。ただそれと彼女への
個人攻撃は全く別次元の問題だ。背後にどんな圧力があるのかわからない。特許を
めぐる国家や企業、ひいては大学や研究施設同志の複雑な利権がからんでいるもの
なのかいなか。

そしてこの 「持ち上げて」 「落とす」 引きずりおろしのさらしアゲがなくなるまで、幼稚園に
始まる日本社会のいじめがなくなることはない。



追記 : 今読んでいる 「なぜ他人の不幸は蜜の味なのか」 (幻冬舎ルネッサンス新書)で、
作者の高橋英彦氏が面白い見解を述べていらっしゃる。人間の脳は人の不幸をみると、
快感物質のドーパミンをドバドバ出すらしい........ヽ(ヽ゜ロ゜)ヒイィィィ!!!
もしそうなら、残念ながらこき下ろしこそが人間の本性なのでしょうね。


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