猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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私の休日
朝、カラオケ館のオープン時間に合わせて並ぶ。最近はヒトカラ人口も増えて
1人で並んでいても肩身の狭い思いをすることがなくなった。

以前は見るからにヲタ系男子が多かったけど、最近はなぜか若い女子が増えている。
綺麗にネイルをした彼女たちは、あの暗闇でいったい何を歌うのだろう。

ボックスに入り、オーダーした飲み物が届くと、いつも通り軽い体操を始める。
滑舌&発声練習の後に、喉のウォーミングアップでキーの低い曲から歌い
始める。でも何故か気分が乗らない。こういう日は無理をしないで予定を変えよう
と思い、4時間の予約を半分で切り上げた。

その足で五右衛門に行き、ジェノベーゼを頼む。勿論、デザートにブリュレと
カフェオレをつけて。痩せるわけがない....

その後、今年の桜の最後を見届けるべきか、エルグレコ展にいくべきか、しばし
悩んだ末に、全然関係のないマッサージに予約を入れて、1時間夢の時間に入る。
施術終了後、マッサージお兄さんの視線が私の髪の毛のあたりをちらりと泳ぐのを
見逃さなかった私は、そのままトイレに駆け込んで髪をチェック。確かに、

「首と肩をメインでお願いします」

とは言ったけど。肩も首も楽になって施術には何の文句もない。でも、1時間ずぅっと
うつむいていれば、そりゃあ顔はむくむし、タオルかけられてグリグリされたんだから
髪だって逆立ってしょうがないでしょ。

鏡の中の私の顔は、寝起きのように赤くはれ上がり、ほほを縦断する枕の跡が
クッキリ。その顔の上にキムジョンイル(父)のような毛のかたまりが載っている。
毛が逆立っておりてこないのだ。水をつけて手ぐしでおろそうと奮闘している間に
頭上に段々が現れ、今度はなんだか岡っ引きみたいな髪型に。

着実に悪化している。こうなるともはや手遅れ。元来かための私の髪は中学生の頃に
スチールウールの異名をとっていた。理科の実験に出てくるあの燃えるメタルだ。
昨日、食事をした友人が言っていた「変な髪型」や「病み上がりのような顔」コメント
が去来する。もしやこのこと?でも、昨日はマッサージに行ってないし。

おもむろにバッグからニット帽を取り出してかぶると、何事もなかったかのように
店を出た。その後、最寄りのショッピングモールで世界のワンちゃん、ネコちゃん展を
みる。ここにきてやっと世間の子供が春休みであること、それにあわせたひらがなの
「ワンちゃん、ネコちゃん展」なのだと悟る。フロアのそこかしこで子供たちに無理矢理
抱きしめられては、胡散臭そうに仏頂面で嫌がる猫たちで溢れかえっていた。

すると、とあるショーケースの中の猫と目があう。丸顔のスコティッシュフォールド
が私に向かってつぶやいた。

「私を買ってはやくここから連れ出してちょうだい」

すかさず答える私。

「うちには雑種の捨て猫あがりが3人もいて、みんな折り合いが悪いの。
 残念だけどもうこれ以上は無理、ごめんね」

私の返事を聞くと、悲しそうな顔をして目を閉じた。

その後、輸入食品の店、本屋、タワーレコードをめぐり、ケーキ屋さんで
本日2度目のジェノベーゼ。勿論、デザートには季節のいちごロールを
つけて。痩せるわけがない....

次のFrancfrancでタオルをみている時に、不覚にも油断して鏡をみて
しまった。相変わらず顔はむくんだままだ。ニット帽を透かして岡っ引きも
見えるし、手に吊り下げた買い物袋の膨らみで怪しさが倍増している。

ちょっと辛くなったので、そのまま帰途についた。

考えてみたら今日はお店の人以外、話をしていない。むしろ水槽の熱帯魚や
ウサギ、リス、そしてショーケースのスコティッシュフォールドなど、
動物との妄想会話の方が多かった。

家路を急ぐ道すがら、春風に花びらを散らす桜吹雪が美しかった。夜桜の桜吹雪に
包まれる美しい自分をイメージする。柔らかな桜の香りに抱かれて私の想像は
飛躍し続ける。でも、他人の目はごまかせない。

線のついたむくみ顔と岡っ引き頭で、桜吹雪の中を早足に歩く私は、きっと
八つ墓村の山崎努ばりに怖いのだと思う。

頭にロウソクを立てて、ライフルと日本刀を手に桜吹雪の中を駆け抜けるアレだ。

明日カットに行こう。
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ベトナム料理
イタリアに出張に行っていた友人からメールが入り、久しぶりに食事をする
約束をした。

週末の有楽町は人でごった返し、何故、銀座を選んだものか一瞬後悔がよぎる。
ただ、待ち合わせの時間が早かったためか、さして並ぶことなく入店できた。

今日はベトナム料理。

私はベトナム料理に目がない。中華ほどしつこくなく、タイほど辛くない。
魚介類や鶏肉をベースにしたあっさり系の料理に、いろいろなソースを自由に
お好みで選べるバリエーションが彩を添えて、とても創造的な料理だと思う。

特に好物が青パパイヤのサラダ。

サラダが料理かといわれればそれまで。でも、タイ料理でもソムタムとして
れっきとして料理扱いだもの。千切りの青パパイヤの食感と、トッピングされた
エビやナッツの相性、そして何より味付けのベースが一切想像できないすっきり
ドレッシングで、食べた後も口の中に爽やかさが残る。

コースのセットメニューとは別に、少し大きめのお皿に盛られた単品をオーダー。
おかげでサラダだけでお腹いっぱいに。かといって、メインのコースを残す
私ではない。フォーや生春巻きを平らげた上に、最後は練乳の入ったあま~い
ベトナムコーヒーで締め。痩せるわけないのだ....

今日の食事の趣旨は、「出張で行ったイタリアのお土産を渡したい」という
ありがたい彼の申し出に、週末の銀座に出てきたのが始まり。そこから話が
お互いの生活に及ぶや、私の放つ負のオーラに対して彼が一言。

「会社辞めて外国に行けば?」

でた!と思った。

先日アメリカの友人との会食でインカの話が出て以来、私の身の回りで
起こったシンクロニシティーについて書いてきた。今日の友人は「インカ」とは
言わなかったのでビンゴではないのだけど。後先考えずにバーンと仕事を
辞めて行ってしまえ、という。

今日の私はそんなにどよよんとした感じでもなかったと思うのだけど、何かを
察知したらしい。その後、髪型が変だとか、病み上がりみたいだとか散々に
こき下ろされたが、すべて事実のため一言も反論できなかった。

帰りがけに、彼のカナダ人の嫁とハーフの娘にプレッツェルを買って
手渡す私に「早く元気になれよ」という一言で涙が出そうになった。そんな
こというなら、病み上がりみたいだとか言うな、と思いながら、心の深いところで
感謝した。彼のようなテンションがあれば人生がどんなに楽だろうと思いつつ
私は一人家路についた。

彼に依頼された翻訳も仕上げなければならない。あと200ページ以上残っている...
もしかして私の低空飛行の原因はこれか?と冗談で思いつつ、実際、会社勤めの
傍らでの翻訳作業はなかなかしんどい。

だったら引き受けなければいいものを。



朝の光
私の朝は早い。

最寄りの始発駅から海辺をめぐる小旅行。
朝の通期電車の喧騒を避けるため、あえて各駅停車を選んでいる。

ある時は大好きな車内の人間観察、ある時はブログの推敲、またある時は音楽を
聴いたり、本を読んだりと気ままな時間を過ごしている。

ただ、何をしていても、海が見えるポイントでは必ず手を休めて、その日の海の
表情を確認する。

照る日曇る日、秋の霧や夏の照り返し、冬の嵐や、春の海。
水平線と空の交わる彼方まで続く東京湾の表情。

遠くに見える高層ビルの群れが蜃気楼のように霞み、ターナーの絵を思わせる
絵画的な造詣。

特に今の季節は、ひねもすのたりのたり....
雲の決壊から、キラキラひかる水面にまっすぐのびておりてくる天使の
階段を見つめる。その背景には、アクアラインの風の塔が、
海に浮かぶモンサンミッシェルのように微笑む。

何かに祝福されていると感じられる、こんな幸せな朝がいつまでも続きますように。

二十歳の原点
今日は少しだけ真面目な話。

昨今ニュースを賑わせている少年、少女の自殺。でも、この問題は今に
始まったことではない。ティーンに限らず、自殺の圧倒的なピークは50代から。
日々、首都圏で通勤をしている人間であれば、人身事故を告げる駅の電光掲示板の
ニュースは、もはや日常生活の一部になってしまっている。

胸が痛い。

自ら命を絶つというのはどれほどの恐怖と苦悩があったのだろうと思う。そして、
もし今このブログを読んでいる人の中で「真剣に死に向き合っている人」がいるのなら、
絶対に思いとどまってほしい。

今日のタイトルの「二十歳の原点」は、私が幼い頃に感銘を受けた本の一つ。
古き学生運動の時代の政治信条や死というものに興味をもった私は、樺美智子さんや
奥浩平さんといった人たちの遺稿を手にとった。でも、中学生の私にはあまりに背伸び
しすぎたテーマだった。

その頃、とある中学生が自殺をした。
その少年の自殺現場にこの本があったという記事を読んで、一度読んでみようと思った。

今考えると、本当に恐ろしい綱渡り。

感受性豊かな十代は、さらされる情報に対してあまりに無防備。洪水のように流入する
情報を正しく取捨選択してスクリーニングをかける基準が、まだ自分の中に出来上がって
いない世代だもの。これは自分にとって必要、これは怪しいから信じない、といった
自分なりの価値観が出来上がるのは、早くても大学生になってから。
読んだ本、聞きかじった情報が衝撃的な内容であればある程、その後に受けるダメージ
は大きい。

でも、そんなことは誰も教えてはくれない。

とにもかくにも、こうした遺稿集的な本の中で唯一中学生の私が共感できたのが
この「二十歳の原点」。この本は三部作になっていて、作者の中学生時代の日記をまとめた
「二十歳の原点ノート」から手をつけたから、同年代の共感を感じて入りやすかったのかも
知れない。

作者の高野悦子さんは中流の幸せな家庭に育ったお嬢様的女性。彼女が高校、そして大学
を経て、当時、世間を席巻していた学生運動の波に呑み込まれ、そして自ら命を絶つ
までを綴った日記がこの本。

当時の私は、この本にかなり「巻き込まれ」ていて、その頃から日記を書き始めた。
幼いなりに命や死といったテーマに一生懸命向き合って、本当に疲れ果ててしまった。

今となれば笑い話。ポジティブに振り返れば、物事を考える癖、人生や哲学、宗教への興味
の喚起、文章を書くことへのいざない、そして、読書の習慣といったいろいろなものを
与えてくれた一冊。ただ、これは諸刃の剣で、一歩間違えば私も危なかったかも知れない。

幸せは続かない。でも、辛いことも続かないのが人生。一週間の仕事がなければ
週末のありがたみがわからないように、苦労がないと幸せはわからない。

死にたい、なんて思っている人は今急いで結論を出さなくてもいい。頑張らないで
先送りにして、そして、少なくとも自分だけは自分を守ってあげてください。
そうじゃないと、あなたがあまりにも可哀想。

少しだけ時をやり過ごして、周りに目をむける余裕が出始めたなら、実はどれほど
多くの人たちがあなたを心配してくれていて、自ら顔を上げるのを待っていてくれた
かがわかるはず。

夜明け前が一番暗い。でも、明けない夜はない。
私もここで、まだ会ったことのないあなたの復活を待っています。


シンクロニシティー
シンクロニシティーとは「意味のある偶然の一致」。先日「アンデスの
彼方へ」の日記の中で、今、猛烈に現実逃避をしたい私の心のふるさととして
マチュピチュへの憧れを綴った。それから数日後、家に戻り何気なく
テレビをつけると画面一杯にマチュピチュが映し出されていた。

ある人は、世の中に偶然はないという。そして、ある人は人生に起こりうる
すべてが必然であるという。さらにある人は、そんなものはすべて幻想だという。

私は起こりうるすべてが必然であると考えている。これは自らの身をもって
体験したことだから。私の心がこれ以上なく穏やかで澄み切っている時、
もしくは逆に海の底に沈んでいるかのような、とても心細く危険な精神状態
の時にシンクロニシティーが起こる。

目に見えるもの、耳に聞こえるもののすべてに全力で傾注すると、身の
回りのすべてがメッセージに生まれ変わる。普段は何も感じない看板の文字
や自然の色、風や香り、友人の言葉といったすべてが私個人を特定した、とても
プライベートなメッセージとして強烈に心に突き刺さってくるのだ。

自分の状態が心もとない時は特に頻繁に起こる「シンクロニシティー」。
その指標として連続3回が私なりの評価になっている。

マチュピチュでいえば、アメリカ人の友人の一言がスタートで、偶然(必然)
にテレビで目にしたのが2回目。あと一度インカ関連が続けば、今、この時期の
私にとってとても意味のある場所であることが確定する。それはポストに入って
いる旅行会社のチラシかもしれないし、別の友人からの一言かも知れない。
心をむき出しにしていないと、ささやかなメッセージを見逃してしまう。

イギリスに行く際に渡英と学校あっせんをサポートしてくれたイギリス人の友人、
院への道を拓いてくれたアイルランド人の弁護士、うつ状態を救ってくれた
シンガポールの友人、たまたまビザの更新で隣に並んでいたラトヴィア人の弁護士、
すべての労苦を忘れさせてくれたイタリア人の友人。

皆、シンクロニシティーを伴って、私の人生にベストのタイミングで現れては、
そして世界のどこかへ消えていった。

こういうことは本当にあるのだ。

だからいつも目を見開いて、耳を傾けていなければならないと思う。
大切な大切なメッセージを見落とすことのないように。気づきの瞬間を
失うことのないように。

悪魔くん
仕事で疲れて帰ってきた日は、昭和のドラマを見ることが多い。
当時のファッションや街並み、そして使われている言葉を聞きながら
ノスタルジックな世界に浸るだけで、とても疲れがとれる気になるから不思議。

悪魔くんは本当に古いドラマ。最近「ゲゲゲの女房」でまた注目を浴びている水木しげるさん
原作の実写版。何度かドラマ化されているけど、私が見ているのは昭和41年から42年に
かけて放送された一番有名な「悪魔くん」。子供の頃の遠い記憶で雪女のエピソードが
トラウマになり、その後、記憶の彼方に消えていた作品。

大学生の頃、テレビをつけるとモノクロの安っぽいつくりの映像とともに、主人公を演じて
いた金子光伸さんが出演されている番組をみた。当時を振り返る彼はすでに子役の面影を
残すことなく、大人のイケメンに成長していた。一般的に子役タレントは成長するに
したがって経年劣化がひどく、見ため的には悲惨な末路をたどることが多い。子供
サイズでピッタに可愛いければ、それが成長と共に間延びしてくずれていくのは自然の
摂理。子供時代のほんの一時期に集中して人生の全運を投入して、そして、すれて
いくのかも知れない。

金子光伸さんは、この「悪魔くん」や「ジャイアントロボ」に出演した後、芸能界を
引退して普通の大学生、普通の社会人になったそうで、見るからに上品で素敵な
大人になっていた。

同じ金子姓で「仮面の忍者赤影」や「河童の三平妖怪大作戦」に出ていた金子吉延さん
も、やはりこの当時を代表する子役の一人。こちらの「河童の三平」もよく見ています。

部屋に帰って食事を終えると、テーブルの上にコーヒーとケーキを用意。争うように
私のひざの上を目指す猫たちを押しやってDVDをつけると、そこにはモノクロの昭和の
街並みが展開される。

ストーリーはファウスト博士という仙人みたいな人に見染められた真吾君という少年が
地獄に住む悪魔を操って世にはびこる妖怪を倒すという話。ファウスト博士は第1話で
悪魔の契約書と、悪魔をあやつるための「ソロモンの笛」を真吾君に与えると死んで
しまう。この少年は井戸の中にある魔法陣に「エロイムエッサイム」と呪文を唱えては
地獄からメフィストという悪魔を呼び出して1話ごとに妖怪を倒していく。名称が
ゲーテのファウストっぽいのは何か関係があるのかしら。

悪魔は時に反抗的なのだけれど、真吾君がソロモンの笛を吹くや頭から煙が出て
苦しみ始める。また、チョコレートをもらうと機嫌がよくなるなど、安上がりの悪魔
だったりする。

画面がモノクロであるという点は、ノスタルジックな雰囲気とともに底知れない
怖さを演出する。なぜかカラーより怖いのだ。陰影礼賛ではないけれど、人間の想像力
が実物の色を補正してあげなければならない分、モノクロ画像には潜在力があるの
かもしれない。

私が好きな話は第3話「ミイラの呪い」、第7話「魔の谷」、第8話「水妖怪」、
第18話「怪奇雪女」、第24話「カマキリ仙人」。勿論、すべて好きだけど、
この5話は本当に面白い。
街並みは基本的に東映の撮影所近辺の大泉学園だったり、セットも使いまわして
いる模様。また、ゲスト出演者にはその後の大御所俳優の若かりし頃の端役時代が
見られたりと本当に楽しい。

ただ残念なことには、主演の金子光伸さんとメフィスト役の潮健児さんがすでに
亡くなってしまったこと。金子さんは生きていらっしゃればまだ50代半ばのはず。
享年が39才というから随分若くしてお亡くなりになった。また、潮健児さんは仮面
ライダーの地獄大使役で有名な俳優さん。何か化け物系が多い方で実際顔も
帝都物語の嶋田久作さんばりに怖いのだけど、とても味のある俳優さんでした。

主人公がすでにこの世にいない、という寂しさもまたこうした作品をみるときの醍醐味
だったりする。

他にも横溝正史シリーズや昭和の時代劇を見たりします。昭和の時代劇のテーマ曲
には名曲が多い(「大岡越前」、「大江戸捜査網」、「斬り抜ける」などなど)。

また機会を改めてこちらも書いてみたいと思います。





アンデスの彼方へ
静かな海に潜ると周りの一切の音が遮断されて、まるでこの地球上で自分がたった
一人であるかのような錯覚に陥る、今はそんな感覚。

街には遅咲きの梅と早咲きの桜が交差して、白もくれんが満開になり、そしてハナ
ミズキもそのつぼみを膨らます。沈丁花の香りも悩ましい春の夜に気持ちが戻らない
のはなぜだろう。木々の小枝を揺らしながら花に顔をよせる鶯の愛らしさ、春風に
花びらを散らす白梅の潔さ。目にみえるすべてが今、春の息吹に包まれていると
いうのに。

毎日同じ時間に同じ道を歩いての出勤。この景色は昨日と何一つ変わっていないのに、
自分の気持ちだけが浮き沈みを繰り返しては、街の空気を一変させる。

週末の2日はどこにも出かけることなく、部屋で過ごした。
京都嵐山の竹林を歩いた時に感じた静寂、すべての音がまるであの竹の中に
吸い込まれていくような異次元の感覚。自分の周りに真綿が敷き詰められ、やがて
その中に包み込まれて、何も見えない、何も聞こえない真っ白な静寂。

金曜の夜、アメリカ人の友人とイタリアンに行く。
私の緊張を察して誘い出してくれたその食事で、私は自分のことばかりを
話した。自己憐憫のみすぼらしい感覚を引きずりながら、目の前で心配してくれる
友人に余裕のない会話を続ける。

我ながら何が理由でいっぱいいっぱいなのだろう。

「ペルーに行ってみれば」

私の話をしばらく聞いていた彼が口を開く。なぜこの地名が彼の口から出てきたもの
かわからない。これまでかの地について彼と話したことはなく、きっと何かの偶然
だったとしか思えない。

9才の私は、テレビで初めてペルーのフォルクローレ音楽を聞いた。
「コンドルは飛んでいく」「花祭り」など、ケーナの哀愁を帯びた音楽とともに
画面に映し出されたインカ帝国のマチュピチュ遺跡。いつかそこにいたような懐かしい
感覚とともに私の魂は強烈にかの地へといざなわれた。画面にはナスカの地上絵の
上を這うように飛ぶセスナからの映像が続き、やがてボリビアのウユニ塩湖へと続いて
いった。

それ以来、透明なクリアケースにマチュピチュの写真を入れ、図書館でインカ帝国の
本を読みふけったあの頃。長じた後も、シャーリーマクレーンの「アウト・オン・ア・
リム」や、「聖なる予言」でインカやペルーが登場するたびに、心の深いところで
人知れず何かを確信してきたように思う。街を歩いていてもインディオの末裔たちが
奏でるアンデス民謡が聞こえてくると、どんなに急いでいても足をとめて音楽に
耳を傾けざるを得なくなってしまった。

最近はそんな感覚さえ忘れていた。お酒を飲まない私に気兼ねすることもなく
酔った彼は、追加のビールを注文する。こういう時は本当にアルコールを
たしなむ人が羨ましくて仕方がない。上機嫌で彼の奥さんも「自分の魂はペルーにある」
などと意味不明のことを日々口走っていると笑う。「ふぅん」と聞き流しながら、少し
気持ちが軽くなるのを感じていた。

そんな気持ちも長くは続かず、この週末に突入。

無言で部屋を掃除して、嫌がる猫を無理やり抱きしめて噛みつかれ、笑点を見て
笑えない気持ちに拍車がかかる。

「ペルーになんか行けない」

そう思ってしまう自分。ものごとがうまくいかない時はいつも気持ちがついて
来ない。これはいつも通り仕方のないこととやり過ごしてみても、今回は浮き上がり
までの時間が長い。毎日1つずつ、ほんの1歩ずつ、少しでも前に、ちょっとでも上に
と思う気持ちが空回りをしてなおさら焦燥にさいなまれる。

そして明日は月曜日、大抵のサラリーマン、OL同様に普通の一週間の始まりを
迎えるのだ。Good bye blue Monday!

もう少しだけこのまま、もう少しこのまま頑張らない。


星に願いを
和田アキ子、田嶋陽子、細木数子、野村沙智代、沢尻エリカ、上沼恵美子、
RIKACO、神田うの、桃井かおり、あき竹城、戸川昌子、塩沢とき、工藤静香...
(敬称略)

このメンバーを見て皆さんは何か共通点を見つけられますか?

それでは、

美輪明宏、美川憲一、坂東玉三郎、槇原敬之、藤原竜也、黒田勇樹(敬称略)

ここでネタばらし。最初のグループは、牡羊座の女性芸能人。3月下旬から4月下旬
までに生まれた人たち。次のグループは、牡牛座の男性芸能人。とてもわかりやすい例
かと思って挙げてみました。

星占いなんて、と馬鹿にする事なかれ。まず牡羊座はその守護星に火星をもちます。
これは戦いの星でリーダーシップや男性を象徴し、負けず嫌いでタフな性格を
表します。牡羊座のもとに生まれた人たちは、スポーツ選手や軍人に向いていると
言われる所以がここにあります。守護星が火星でしかも牡羊座自体が男性星座の
ため、男らしさ倍増。結果的に、女性であっても牡羊座に生まれると最初のグループ
のような結末に。

それとは対照的に次の牡牛座のグループはその守護星にビーナスの金星をもちます。
愛と美と平和、そしてお金や芸術を象徴する金星のおかげで、男性でも女性的な
センスをもちます。皆一様に芸術性の高い人たちですよね。

こうした例をあげながら、これからもたまに星の世界を探訪してみたいと思います。

超女優ー市原悦子
以前の日記「あの人は今」で少し書いた通り、私はインパクトのある女優さんが
好きだ。そんな中でも他の追随を許さない圧倒的な存在が、女優市原悦子さん。
家政婦シリーズで有名な彼女の演技力は、そんじょそこいらのぽっと出の女優さん
とはまず格が違う。ドラえもんの大山のぶ代さんを同期にもつ俳優座の出身で
演技力の基礎は折り紙付き。ドラマ、舞台、映画から声優までオールマイティーにこなす
大女優。たとえバイプレーヤーとしてほんの少しの出番でも、彼女が出演するだけで
作品全体に悦子ワールドが広がる、共演者泣かせの逸材だ。

トウのたった場末のストリップ嬢、犯罪者の息子に「殺して」とせがむ母親、
何でもお構いなしの家政婦から戦場の息子を待つ母の役まで、あるときは聖母、また
あるときは娼婦のように、スクリーンの中で「女」を演じる。その実力は声だけが
勝負の子供向けアニメ「まんが日本昔ばなし」で実証済み。桃太郎からヤマンバまで
声色一つで演じ分けてしまう。そもそも彼女の本職は声優ではなく、女優さんなのだ。

私が初めて彼女の演技に打たれたのは小学生の低学年だったと思う。
その日たまたま早く家に着いた私は、母がいないのを幸いに花王愛の劇場に
チャンネルを合わせた。世にいう昼メロで主婦向けになかなかエロいものもあり、当時
我が家では視聴が禁じられていた番組の一つ。心躍らせながらチャンネルを合わせると、
何だか地味で汚いおばさんがとぼとぼと道を歩いている光景だった。もっとエグイ
やつを期待していた私はテレビを消そうとしたのだが、なぜか気になって仕方がない。

チャンネルに手をかけたまま立ち見を続ける私の目に、家の中に駆け込む老婆の姿が
映る。戦争に行く前の息子の姿が記憶の中でオーバーラップし、今日も会えなかった
息子への思いがこみ上げた老婆は、部屋に着くなり畳に突っ伏して亀のように
丸くなる。やおら座布団を二つ折りにするや、それを抱きしめて嗚咽をもらす。
その後、声とも叫びともつかぬ慟哭で部屋の中をゴロゴロと転がり始めたのだ。

演技に圧倒された初めての体験。目頭がツーンと痛くなり、そして一体どこにこんなに
涙が隠れていたのかと思うほど、とめど無い激情と感動の揺さぶり…
二葉百合子さんの歌で有名な「岸壁の母」を演じる女優市原悦子だった。その日から、
昼ドラの始まる時間になるとテレビの前に正座をして彼女の登場を待つ小学生の
私がいた。もはや彼女が出てくるだけで涙がとまらなかった。

「まんが日本昔ばなし」の声が彼女であることを母から聞いた私は、それ以降、
女優市原悦子のファンになることを心に決めて以来ウン十年、今もかわらず彼女を
支持し続けている。

映画「青春の殺人者」では、実際にあった親殺し事件をもとに、水谷豊演じる青年に
殺される母親役を好演。包丁をもって悦子様に向かい、シーツをかぶせる水谷豊に一言。

「痛くないようにして」

そしてゆっくりと包丁を突き刺す豊。断末魔の喘ぎの中で、悦子様。

「痛いよぉ。痛いよぉ…痛くないようにしてって言ったのに」

このシーンは、昨日の戸川昌子さま同様、私の心に深く突き刺さりトラウマと
なって今にいたる。

かと思えばドラマ「泣いてたまるか」では渥美清さんの昔の恋人役で
ストリッパーに。この二人がカップルというだけですでに癒されるのだけど、
舞台に立つ悦子様のストリッパーにはもっと癒される。彼女が舞台に上がるやいなや、
お客たちから大ブーイングの嵐。「きたねえなっ」「ババア引っ込め」の怒声を
あの「日本昔ばなし」の声で「何よぉ」と軽くいなす。

映画「八つ墓村」(1977年版)では不気味な双子の老婆役を好演。ちなみに、同作
の東宝版では同じ役どころを、こちらもわたしの大好きな岸田今日子さまが、
濃い茶の尼役の白石加代子さまと共演。だから横溝作品からは目が話せないのだ。

ノラ猫のはるみちゃんを抱いて、都はるみを熱唱するちょっとコミカルな家政婦が
世間の市原悦子像として認知されてはいるものの、彼女の奥深さは本当にはかり
しれない。

これからもいちファンとして気長に次回作を待っています。体を治して一日も
早くもどってきて下さい。お願いします…



満月の夜に
満月の夜には狼男が出る。そして何故だか飛び込み自殺が増えて、ヤンキーが
暴れる。

そんな迷信、とは一言で片付けられない事実がここにある。満月は地球を挟んで
太陽と月が対角線をなす日。海の潮の満ち干や、女性のアレも微妙なルナサイクルに
影響されているのだもの。空の上で太陽と月が拮抗したら、さぞかし強烈な
プレッシャーが地球に降りそそぐとは思いません?

そう、そしてこの満月の夜に騒がしくなる場所がもうひとつ。

精神を病んだ方たちの病院。

何時もながら断っておけば、私はいっさいこいうい人たちに偏見がありません。
自分もおそらく非常に危うい線の上を歩いているという、強い自覚が
あればこそ、この満月の都市伝説に惹かれてしまう。それは台風が来る前の
昂揚感にも似た静かな興奮。きっと何かが起こりそうな甘美な感覚。
そして何よりこの私が満月の夜に生まれている。

春の夕暮れ時、私の生まれた時間に、幻想の海王星と合体した満月が昇る。
誕生の瞬間から満月の狂気を全身に浴びて生まれてきたのだ。
自分でもいつ彼の地へと足を踏み入れるものか、不安でもあり、
楽しみでもある。

萩原朔太郎の詩には、そんな私が全身で共感できる世界が目白押し。
むかーし教科書で習った月に吠える犬は「のをああるとをああるやわあ」と鳴く。
春の夜の憂うつ、浅利やはまぐりが海の底で「ビラビラ笑うのですよ」。
どことなくなまめかしいチゴイネルワイゼンのバイオリン
の音色のようにひたひたと心に迫りくる感じ。

これに春の木の芽時が重なり合ってこの上ない絹を織りなす。

今度夜空を見上げて満月がかかっていたら、空飛ぶシーラカンスを探してみてください。
砂の船を見つけてください。きっと満月が見せてくれるはずです。



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