猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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ヨドバシAkiba
今日は仕事の都合で秋葉原に立ち寄り。本来営業職ではないため、平日の秋葉原など
めったに行く機会のない私は、少ない滞在時間を使ってAKBを楽しんできた。

まずは平日昼間の京浜東北線。こんなにも香ばしい人たちが乗車している
のかと驚く。大きなリュックを背負い、隣の席にも紙袋をおいて占拠するおじ様。
髪の毛が頭皮に張り付いているのは果たしてポマードか、天然成分か。

おもむろに紙袋から瓦せんべいを取り出すと、バリバリと食べ始める。その鼻穴と
いわず耳穴といわず、穴という穴からそそり出る白髪の直毛の束。なぜおじさんは
いろいろな穴から毛が生えて、それをそのままに培養するのだろう。眉毛も旧社会党の
村山総理のようにボーボーだったが、肝心の頭上はフランシスコザビエルはげだった。

その横に立つ鉄っちゃんらしき野球帽の青年は挙動不審この上ない。右側、左側
両サイドのドアを行きつ戻りつ、えなり君のような声で車内アナウンスを続ける。
キャリーバックを転がす老婆は髪の毛全体がパープルに染められているにもかかわらず、
なぜかソバージュ風に総毛だち、歩いても動かない、アインシュタインのような髪型。
顔は口が常時半開きで、人民服をきた大中のお面のような風貌。その隣には、鼻の横に
大きなホクロのある顔芸お局スケーター、またの名を「氷上のアクトレス」
村主章枝さんのようなOLが脚を組んで座る。スカートの上にぼろぼろとパンくずを
散らしながら、生ぐさい具のヤマザキランチパックをほおばっていた。

そのはす向かいに陣取ったデブヲタリーマンは先ほどからスマートフォンの画面を
見つめている。時折微笑みながら、「うふん」とか「あはっ」とアニメ声を発する姿
がしょっぱい。妙にキメが整い、白人張りに透明感のあるピンクベースのお肌にばら色の
唇。無駄に素材だけがいいのが造作の不具合とあいまって、この上ない残念さを演出
する。隣のおばさんの無慈悲な視線に気づくこともなく、「キャハ」「あはん」を続け、
案の定、秋葉原で下りていった。一体なんの動画を見ていたのだろう。

久しぶりの秋葉原は本当にきれい。町並みが整備されて現代的な都市空間に
変貌をとげていた。数年前に訪れたときは、メイドの格好をした女の子が、ガード
レールに足をのせたり、M字開脚のポーズで、パンツ丸出しの姿をオタク男が取り囲
んでは黙々と写真を撮るという、まさに世も末の図。

前の会社の同僚のオタクアメリカ人に「秋葉原のヨドバシは本屋とかタワーレコード
があって楽しいよ!」と聞いていたので、昼食をヨドバシでとるついでに様子を
見てみようとワクワク。ヨドバシの入り口を探していると、テラス風に丸テーブルと
椅子が置かれたエリアに、ゲーム機をもち、着膨れで2倍に容積を増したデブオタ
たちが戯れている。それも1人や2人ではない、たくさん。子供の頃、藪を掻き分け
やっとのことでたどりついたクヌギの木に、貴重なミヤマクワガタが群れている
のを発見したような高揚感。さすが本拠地と思いつつ、一体、なぜこの若者たちは
平日のお昼にここでゲームができるのだろうと考える。

レストラン街まで上がるとそのままパスタの五右衛門に入り、大好物のジョノベーゼ
を注文する。キョロキョロとあたりを見回すと、さすがにパスタのお店だけあって
普通のOLさんやサラリーマンが多く残念。

問題はこの後である。エスカレーターで下り、本屋に入るとなぜか目をひく萌え系
の雑誌と、その前にたたずみウンチクを語る男たち。「これだから2次元はたまりません」
などと、何のことやらさっぱりわからない。また種類豊富なウルトラマンの
フィギュアが壮観につるされているかと思うと、ゆるキャラのぬいぐるみが陳列(ここは
本屋である)されていて、アキバ特有のマニアックな一面を垣間見ることができた。

ちょっとお手洗いに、と角を曲がるとエレベーターホールになっている区画に、
いたいた、男たち。先ほどのテラスのメンズ同様、昼日中から何の目的か、ベンチに
なった場所に鈴なりに座り込み、あるものはゲーム、あるものは爆睡、そしてコミック
を読むものやカードゲームに興じるものと、ありとあらゆるオタクの見本市。

その下のゲームフロアや、ヨドバシ横のベローチェにもいたるところに点在。さすが
に聖地だけあるわ、と心から感動してしまった。こんなにまとまった形でオタクを見るの
は、一昨年東京モーターショーで、コンパニオンのおねえさんの足を激写するカメラ小僧
の一団と遭って以来の収穫だった。こういう人々がAKB48やその他サブカルを
支えているのね、と、逆にひたむきなオタクたちを応援したくなった。

今度は是非メイド喫茶に行って見たいと思う。
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たまの思い出
「たま」というのはかつて我が家で飼っていたオスネコ。
負けん気が強い親分肌で、小さなものにはめっぽうやさしいナイスガイ。
彼が16歳の春にこの世を去るまで、一緒に生きた思い出を書こうと思う。

実家のネコが子供を生んだと聞きつけた父親が連れてきた猫。
我が家に来たときは手のひらサイズの小さな小さなネコだった。白地にキジトラ模様
がついていて、顔には前髪パッツンのおかっぱ模様。大きな瞳にピンク色の唇。飼い主の
私がいうのもなんだけど、ついぞ見たことのない美猫だった。

そんな猫に命名したのはこの私。サザエさんちのたまにちなんで同じ名前にした。
我が家にやってきたその日から、3つ年下の弟とどちらが一緒に寝るかで取り合いが
始まる。毎晩恒例となった取り合いに疲れ、私はたまを弟に譲るようになった。
でも、たまはすでに弟よりも大人だった。彼と一緒に布団に入り寝かしつけると、
ゆっくりと私のベッドにもぐりこんで朝まで一緒に眠る。その入り方は特徴があって、
ベッドに飛び乗ると、私の足元からトントンと体の横を歩き、首の横でクルリと
まるまって眠る。夏の暑い夜もおかまいなし。体を押し付けてグルグルのどを鳴らし
ながら眠る。まずは、「場所を借りますよ」という挨拶で私の顔をなめて、
その後、自分の体をきれいにして眠りにつく。毎晩毎晩、足元からトントン、トントン。
そして首のところにクルリで10年が過ぎた。

そんなたまは成長するに従い、近寄ることがなくなるほどに弟を避けていた。後々
聞き出すと考えられないほどの虐待をしていたのだ。本人はふざけているつもりでも、猫に
とってはこの上ない恐怖。洗濯機の真っ暗な脱水層(昭和でゴメン)に閉じ込めて
回したり、背中にガムテープを張って剥がしたり、猫が大嫌いな掃除機で尻尾を吸って
いたらしい。

たまはその頃からなぜか毎晩弟の部屋に濡れたスポンジを置いてくるようになった。また、
私のひざの上で眠っている最中、突然キュルルとお腹がなる。するとたまは大急ぎで弟の
部屋に走り、すっきりした顔で戻ってくる。また、食事の後に食べ過ぎて気持ちが悪く
なった時も弟の部屋に駆け込み、キュポンキュポンともどしていた。濡れたスポンジを含め、
すべて猫なりの仕返しだった。

それに反比例して私との関係は深まり、冬の寒い夜も私が自転車で帰ってくるのを
家の外で待っている。そして一緒に部屋に戻り、こたつに入った。たまは本当にいつも
一緒。始め手のひらサイズだった体は半年で小型犬ほどに成長し、顔もちょっとふて
ぶてしくなった。ある日、道路の真ん中に大きな犬が座っていて、その周りを小さな犬が
キャンキャンと吠えながら回っていた。うるさい犬だと近づくにつれて、道路に座って
いるのは、犬ではなくうちのたまだと判明。私が近づいても気づくことなく、小型犬に
猫パンチを食らわして撃退していた。犬はそのまま走り去っていく。「たま」と呼ぶと、
なぜか恥ずかしそうにこちらを振り返り、尻尾を3倍に太くして私の後をついてきた。

実家を離れて数年、たまに会うのも1年に数回になっていた。帰省の度に目にみえて
年をとっていく姿に不安を覚える。別れのたびに「またね!」といいながら走り去る私を
追いかけ、姿が見えなくなるまで鳴いていた丸い顔が忘れなれない。

そんなある日、東京の自室で眠っていた私は夢をみた。いや、決して夢ではない。

カーテンごしに朝日が差込み、まどろむ私。夢かうつつかの境目を漂っていたその時、
ベッドの足元に飛び乗る重み。そして4つの肉球を弾ませてトントンと体の横をすり
抜けると、首の横でクルリ。私は右手で彼の体をなでながら「ああ、たま。お早う」と
言って目を開けた。

あたりを見渡すと、そこは東京の私の部屋。

すぐさま実家に電話をかけると、母が出て「昨日死んだのよ」という。
涙が頬をつたい何も言葉が出てこない。今しがた自分が体験した悲しくも嬉しい感覚。そう、
たまは私に最期の「さようなら」を言いにきたのだ。柔らかな毛や大きなお尻、グルグル
とのどを鳴らしながら、私にしなだれかかる身のこなしのすべてが現実だった。

今、これを書きながらも涙が止まらない。

受話器の向こうで母が語ったたまの最期。老衰で弱っていたたまは、猫の言い伝え通り
飼い主に死に様を見せない様、姿を消した。鈍感な母は一切気がついていなかったものの、
ご近所で有名な猫になっていたたまは林の陰で倒れているところを奥様方に見つけられ、
戸板に乗せられて運ばれてきた。

「奥さん、オタクのたまちゃんが倒れてたわよ」

そして母に「にゃ~ん」と一言挨拶をして絶命したらしい。最期までまぬけなところが
憎めない。本当は林の陰で静かに死にたかったのね。

私の話を聞いた弟は、自分のところには挨拶がない、とヤンキーの舎弟関係のように
怒っていた。

あの日以来、もう2度とたまの夢をみることはない。でも、私は信じている。
今もきっとどこかで私のことを見守ってくれているに違いないと。

ザギハの話
ザギハというのは同級生だった女の子のあだ名。彼女との出会いは
その後の私の「阿鼻叫喚」人生に大きな影響を残したので、是非ここで
紹介したいと思う。

私の小学校の卒業アルバムを見ていた伯母の手がふと止まり一言、

「あら、この人....」

一人ひとりがそれぞれの表情で小さなフレームに収まった写真。その中で
ひときは人目を引く容姿。大きな顔を取り囲むクセ毛が顔の輪郭に張り付き、
百獣の王ライオンを思わせる。北の湖親方に似ていた。固定された椅子に
座って撮影したから、皆、カメラまでの距離は同じはずだった。でもザギハの顔は
フレームにいっぱいいっぱい。カメラを見据えるその小さな瞳は、見る者に
ガンを飛ばしていた。

彼女と私が話をするようになったのは小学4年生の頃。彼女はすでに学年女子の中
でも縦横問わず一番の巨漢。そんな彼女を、私はひそかに恐れていた。
その日は保健委員会の集まりで、委員の私とザギハは体育館に向かっていた。保健室に
急病人がいて使えなかったのだ。他のクラスの保健委員を待つ間、ザギハが初めて
話しかけてきた。

「おめーよ、ブラスリップって知ってっか?」

とても小学4年女児の言葉とは思えない口調は、この年にしてすでに飯場の土方おやじ
の風格。怯えながら知らない、と答える私にドヤ顔をしながら、

「ホレよ」

そういうと着ていた体操着を胸までたくし上げて、ブラスリップをみせてくれた。
縄跳びをするときは必ずこれを着ないと胸が痛いということ、そして、それは大人の
女性の証拠なのだ、と上から目線で話す。当時の私には何の興味もないブラスリップ。
それに感動しない私の態度が気に入らなかったらしく、思いっきり
太ももをつねられた。
水曜日の「ようぎけんさ」でザギハの爪が汚いと先生に言いつけたマキちゃんは、
この後、放課後にヤキを入れられることになる。ザギハはバイオレントで
いつも見えない敵と闘っていた。
そうこうするうち、委員会の最中にそわそわし始めたザギハは、
いつも紫色のほっぺをさらに紫色にして私に耳打ちしてきた。

「おい、ケツ割れた」

エエーッ、お尻はもともと割れているのよ、と、今度はこちらが
上から目線で言ってやろうとザギハを見ると、床に体育座りをする
体操着のお尻から本当に血が出ていた。胸がドキドキする。気が動転した
10歳の私は先生のところに飛んでいき、

「先生、○○子ちゃんのお尻が割れました!」

と報告。涙目でうろたえる私を横目に、当のザギハはうさん臭そうに汚れた爪を
みている。保健室までザギハを連れて行くように言われた私は、養護の先生がザギハ
にお赤飯の話をしているのを遠い目をして聞いていた。

その後、危機を救った私に勝手な親近感をもったザギハは、何かにつけて私に
まとわりついては、おぞましい話の数々を言い放った。夕方、公園のブランコに
のっていたら、高校生に交際してくれと迫られた話では、交際の意味が分からない
私を置いてきぼりにして、なまめかしい目で顛末をまくしたてる。その後、強引に
押し切られた彼女が、仕方なく高校生と土管のトンネル遊具の中に一緒に入った
ところまでは聞いていたような気がする。

今考えると本当に恐ろしい。

体育館でお尻が割れた後も、検便容器を落として中身をぶちまけたり、予防接種の
熱をはかる体温計を口から飛ばして床に水銀の玉を散らばせたり、ギョウチュウ検査
ポキールをむき出しで先生に渡したり、遠足のバスで大量のゲロを消防車の放水の
ように隣の子に吹きかけたりと、ここぞというイベントで期待を裏切ることは
なかった。

持ち上がりでずっとクラスメートの私は、そんな彼女の成長をすぐそばで
見て続けてきた。春夏秋冬、春には給食のハヤシライスのグリンピースを鼻穴に
つめて発射したり、夏には、乾いたプールサイドにつけられたザギハの足跡が、怪獣
図鑑のケムール人と同じだったこと、秋には霜のはった道路で自転車ごとスリップ
した彼女が、シルク・ド・ソレイユのように農道を転がる姿、冬には、凍った
つららをもぎとって鼻穴に差し込むや「ツララ、ツララ~っ(山本リンダのウララ、
ウララ)」と踊る、四季折々を通じた風物詩が、今も心に焼き付いて
離れない。

そして、それは6年生の運動会で起こった。卒業生の出し物、
マイムマイムは、フォークダンスの中でも一度手をつないだら曲の最後まで固定
されてしまう。小学校最後の運動会なので、みんな自分の仲良しと一緒に手をつなぐこと
が許された。残酷な取り決めである。結果、ウンコ人間のマッキ、キモいデンバー、
ヒゲの生えたエゴハなど数名が売れ残り、その中にザギハもいた。私は「普通の」友達3人
からリクエストがあったので、仲良くあみだくじを作り、組み合わせを決めている
最中だった。そんな私たちの机の前に、ハート様のように立ちはだかる影....
ザギハはあみだをはらいのけると、私の手をとって自分の席に連れて行った。
誰も見て見ないふりをして、私のマイムマイムのパートナーが決まってしまった。
ザギハが右隣、ちなみに左隣はいつの間にかデンバーになっていた。

一列になって入場行進をする私たちは、校庭の真ん中でオリンピックの5つの輪に分かれ、
きれいな五輪が完成するとマイムマイムの曲が流れる予定になっていた。すると、私の
前を歩くザギハの様子が何かおかしい。後ろのデンバーが私にささやく。

「ねぇ、ザギハしょんべんぢゃね」

ちなみにデンバーも女子である。言われてみれば、思いっきり引き上げられた
ジャージがお尻にめり込んで痛そう。何かを我慢するように出っ尻になったり前に
押し出したりと、まるでハゲカツラで天秤棒を担ぐドリフのコントのようだった。
時に早くなったり遅くなったりと明らかにテンポまでおかしい。その時、
デンバーがつぶやいた。

「ありゃあ」

ザギハのお尻に1点のシミが現れると、それは見る見る間に円形に広がった。

「やっちまったな」

うすら笑いを浮かべるデンバーが怖い。さすがにこの時はお尻を押さえて
泣き崩れるザギハ。B組の男性教師が走り寄ってきて私たちに叫んだ。

「何してる、そこの2人!すぐに保健室に連れて行きなさい」

デンバーは聞こえないふりをして隣のエゴハの方を向き、2度とこちらを
見ない。私は4年生の時を思い出しながら相変わらず大きなザギハの
手をとって保健室に連れて行った。保健室の窓から、小学校最後の運動会の
マイムマイムを見つめる。楽しそうに踊るデンバーの顔が憎い。頬づえをついて
もはや加わることのできないダンスを見つめる私の手は、なぜか濡れていた。

この件を境に凶暴さを増したザギハは、もはや私にもとめることが
できなくなっていった。放課後、図工室掃除の最中に、縄跳びをしていた男子の
縄の片方がもげて、ザギハのほっぺを直撃。その場全員に沈黙が走る。
一瞬、世界の時間が止まると、その後「おぎゅあぁぁ」という断末魔の雄たけびが
校舎中に響きわたった。
次の瞬間、ザギハが顔から血をたらしながらムチになった縄跳びを振り回して、顔面蒼白
の男子を追いかけていた。車体感覚のない彼女は、図工室にある途上のビーナス像を
次々になぎ倒しては粉砕、たまたま床に座って絵を描いていたデンバーの
「ミドリのグルービーケース」と「アーム筆入れ」を踏み潰して粉々にすると、
ブルドーザーのように走り去っていった。呆然と立ちすくむデンバーを見つめながら、
私は、当時放送されていたアーム筆入れのコマーシャルフレーズを思い出していた。

「パォーッ(ゾウの鳴き声)!ゾウが踏んでも壊れない」

中学生になってもザギハは同じ学校。それでもクラスが違ったせいで、もはや彼女の
武勇伝を聞くこともなくなっていた。そんなある日、休み時間にザギハと同じ
クラスの男子が私のところにやってきた。

「あのさ、ザギハと仲いいの?」

大人しくインテリのS君は、今、ザギハのお気に入りらしく、毎日休み時間に
なると「彼女の日記の読み聞かせ」に付き合わされているらしい。ただ、
内容があまりにも重く、もはや1人では抱えきれなくなったとのこと。そこで、ザギハ
が「あいつとは親友だ」と豪語する私が、もしかしたら彼と同じ「読み聞かせ」に
付き合わされておなかいっぱいになっているのでは、と重荷をシェアしに来たらしい。
興味津々の私が内容を尋ねると、「それじゃ、昨日の日記」と言って、
ザギハの口調を真似ながら「読み聞かせ」てくれた。

「ダンプの仕事から帰った靖男とコタツに入って話をしていると、あいつの
 足が私の両足を押し分けて伸びてきた。その後は...」

当時13歳の脳裏に、忘れかけていた4年生の頃のブランコのザギハがよみがえる。
あの当時すでに高校生と土管に入っていたザギハは、いまや社会人のダンプの
運ちゃんとこたつに入っていた。教壇の上で無邪気にピンクレディーの「渚のシンド
バッド」を踊るの同級生たちを眺めながら、私とS君は重いため息をついていた。

その頃からお昼休みになるとテラスに出ては、校庭横を走るバイパスのダンプに
向かって手を振るザキハを見るようになった。「ホーッ」とハンカチを振ってダンプが
見えなくなるまで二の腕の振袖も振る。その年の夏休み、彼女はダンプに乗って
失踪してしまった。高校の受験期には、ビューティペアのようなプロレスラー
になりたい、と言って女子プロの門をたたいたらしい(未確認情報)。

高校が別になり彼女の噂も聞かなくなった私は、22歳で彼女と再会を果たす
ことになる。

教育実習で地元に帰省していた私は、スーパーのレジで見覚えのある顔を
見つけた。相変わらずの巨体だが、彼女の体の成長はほぼ小学生で
とまっていたので、今は私よりも小さくみえる。

「よぉ!」

聞けば、すでに結婚していて子供が2人もいるとのこと。ここで働いているから
遊びに来い、と言うなり、次のお客のレジかごに手をかけた。仕事にプロ意識をもち、
子供を育てる母親の顔。子供の頃のジャイアンの面影をなごり惜しく見つめながら、
私は1人スーパーを後にした。

ユーミンとみゆき
私はユーミンと中島みゆきさんが好き。もうウン十年来のファンだ。
この二人の歌詞を読んでいると、どうも清少納言と紫式部がちらついて
仕方ない時期があった。それぞれの曲調や歌詞の傾向から、
「ユーミンみゆき=清少納言紫式部」説を考えてみたい。

みゆきさんは、今、かなり神様に近いところにいらっしゃるけれど、その
昔は物凄く叙情的でかつ情念のかたまりのような作風だった。
それはフジテレビが全盛を誇っていたあたり、若者は軽薄短小な世代といわれ、
ただ明るければそれでいいとされていた時代。物静かな人々は隅に
追いやられ、根暗だとかなんとか変ないじられ方をした時期があった。

そんな暗さの頂点にみゆきさんが君臨されていた。

「道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか」

大ヒット曲「わかれうた」の冒頭。とても印象的なフレーズで当時「暗さ」
の代表格として槍玉にあげられていた歌詞。でもね、ファンから言わせる
とこんなのはまだまだなまぬるいのよ。

おもいで河→「おもいで河へと身を投げて、もう私はどこへも流れない」
うらみます→「ドアに爪で書いて来たわ、やさしくされてただ嬉しかったと」
エレーン→「生きていてもいいですか、と誰も問いたい」

どや?太宰治の「生まれてすみません」をしのぐ暗さではなくて?
川流れでひっかかったどざえもんだったり、アレンジに尺八の乱れ吹きが
入ったり、行き倒れになった外国人娼婦の歌だったり。徳田秋声の
「黴(かび)」や「爛(ただれ)」、江戸川乱歩の「人間椅子」にも負けな
インパクトでしょ?当時のみゆきさんは歩くお墓とか、本当にひどい
言われ方をしていた。ファンにとっても隠れキリシタンの踏み絵よろしく、
信者であることを告げるには勇気のいる受難の時代。

当時の彼女の歌詞に出てくる女性のモチーフは、源氏物語に出てくる
六条御息所のよう。いささかとうが立った感のある行かず後家風味。
肝心の男には全然相手にされず、源氏の寵愛が若い女に移り行くことに業を
煮やして、とうとうもののけに変身、夕顔や葵を取り殺す生霊としての存在。
当時のみゆきさんは、清少納言の「をかし」ではなく、やはり
式部の「あはれ」に近い。文章もパンパンと固め撃ちのエッセイの切れ味
というよりも、物語を丁寧に説く小説体のイメージ。

一方のユーミンは清少納言の感覚。宮廷内を闊歩しながら、鋭く
威力のある言葉で、並み居る男たちをバッサバッサと切り捨てる。
随所に「私すごいでしょ」的な自慢がうすく入るあたり、たまに話が
シモにおりていく流れや、お笑いのオチ感覚は見事に清少納言だと思う。

DESTINYでは、振られた女がその腹いせから着飾ってきれいになって、
自分をふった男を見返してやろう、といういかにも薄っぺらい女の
衝動を描いている。毎日目いっぱいのおしゃれをして、
憎き男とすれ違うチャンスを虎視眈々と狙う浅はかな女。
そんなある日、たまたま油断をして外出をしたときに男に再会して
しまったのがDESTINY(運命)だという。曲のクライマックスでユーミンが
叫ぶ。

「どうしてなっのぉ、今日に限ってぇ安いサンダルを履いてったぁ」

名曲には違いないのだけど、最後の最後でこのオチ。

ちなみに、これと似た展開として、枕草子に「いみじう暑きころ」という
くだりがある。内容は、とても暑い日の夕暮れ時、牛にひかせた車が
道を行き来し、車のすだれをあげてゆっくりと通り過ぎるのはとても素敵、
さらに、どこかから誰かが吹く笛の音や琵琶の音が、そこはかとなく
聞こえてくるのは、本当におもむきがあっていいわ、などと言っている。
しかし、その舌の根も乾かぬうちに、

「牛のしりがいの香の、怪しうかぎ知らぬさまなれど、うち嗅がれたるが、
 をかしきこそ物ぐるほしけれ」

ロマンチックな描写から一転、「ところでどこかから漂ってくる牛の
しりがいのにおい...あやしい。奇妙でかいだこともないけど、そんな
においさえ素敵に思えてくる私はどうにかしてるわ」みたいな。
このオチの運び、DESTINYだと思うのだけど。

高校生の頃の私は、寝る前にベッドで枕草子を読んでは、大笑いして
逆に目がさえてしまった経験が多々ある。彼女の感性は現代でも十分に
通用する、とても斬新なセンス。

最近の二人はすでにこうした傾向性から離れてしまい、特にユーミン
はなんだか訳のわからないことになっているけど、ここに根強い
ファンがいることを忘れないで欲しい。この二人には今後もできる
限り、素敵な曲を世に送り出してほしいと思う。


性同一性障害
これは私の体験した阿鼻叫喚の中でも珍しいケース。約1年をかけて
じわりじわりと真綿で首を絞められた長期戦のお話しです。

内容がデリケートなので、いつもながらまず始めに宣誓文。私は
「性同一性障害」とされる人々、またゲイと言われる人々、鍋釜一式取り
揃えて一切の偏見をもっていません。

最近、少し市民権を得始めたとはいえ、当事者たちには目に見えない侮辱や
口に出せない屈辱があるはず。性のオリエンテーション、障害の有無、人種
差別や病気への偏見、今、クローズアップされているいじめや人権問題を含め
すべての差別がなくなってしまえばいいと心から思っています。
ここのブログでいつもチクチク書いていることは、人としてどーよ、と感じる
人に、あくまで私なりの遠吠えをしているつもりなので誤解のないように。

あまり詳細を書くと特定されてしまうのですが、とにかく私の職場は
変わった人が多く、リストカッター、ストーカー、鬱病、性同一性障害、
発達障害、ADHDと人格障害のパラダイス。それでいてなぜかみな一流大学卒
や院卒だったりする。

明らかなオネエキャラは2人。そのうち1人は肉体改造はしないものの、
いわゆるゲイのネコ。大地真央をこよなく愛し、アパートのご近所に煮物の
おすそ分けを振舞う庶民派の32歳(当時)。短めに刈り上げたクルー
カットに得体の知れない香水をつけ、身長160cmにシークレットブーツという
いでたち。見た目は小太りのえなり君だった。彼は、残業時間になると
眉毛がなくなる。

仕事中は電話の受け答えを始め、一生懸命に声と表情をつくり、痛々しいほどに
まっとうな社会人をやっているのだけど、残業で残っているメンバー
のみになると突如としてオネエ全開になる。たぶん本人的に限界だったの
だろう。眉毛は眉頭から瞳の上までの半分を残し、眉尻は青々と剃ってあった。

5時を過ぎるあたりから顔全体が脂で覆われ始め、眉尻が徐々に落ちていく。
それといれかわりに、真っ白なあごやもみ上げ近辺に青々としたひげが
生え始めるのだ。

「あたしの顔ったら、見てらんないっ」

と、脂とりがみで押さえる姿が愛らしい。ちっとも恋人ができないのは眉毛の
形に問題があるのだそう。でも体だけの関係はいやなので貞操は断固として
守るといっていた。なぜか気に入られた私は一緒に大地真央さんの舞台に
いかが、と誘われたけど、いろいろな意味でお腹いっぱいで行けなかった。
そうこうするうち3ヶ月ほどで辞めてしまった。大学院を出た、自称高学歴オカマ
と吹聴していた。

さて今夜のヒロインはもう1人のオネエキャラ。入ってきた当初より見るから
に丸出しで、油断すると声が1オクターブ裏返ったりは日常茶飯事。興奮すると
ヨーデルになる。にもかかわらず、先ほどの真央キャラのようなカミングアウトは
絶対にしなかった。

顔は自称ジュリア・ロバーツ、でも笑い声が明石家さんま。こちらはあゆ
の大ファンで、机の上はデコシールでギラギラに盛られた携帯や鏡、
あゆグッズとスナックのくずや食べこぼしで大変なことになっていた。
自分にゆるい割には、他人に容赦がない。隣の席の発達障害♂に向かって、

「虫がわくから片付けなさいよ、だらしないわねっ」

と言い放つ。仕事中は、空き机に移動して突っ伏すと、突然あゆの歌を歌い
だしたり、お客さんへの電話では上から目線で駄目出しをしたりしていた。
キャラ全体から放たれるしょっぱい感覚...
とにかくそれでも男だといいはる彼が急に大人しくなり始める。

口数が少なくなって2ヵ月が過ぎたある初夏の日、ぼんやりと彼の背中を
見ていた私の目に、薄いTシャツを透かしてキャミソールの肩紐が見える。
いやいやそれは気のせい、と思い直し何もなかったことに。それから1ヵ月
が過ぎたとある夏の日、またぼんやりとみつめた彼の背中にはキャミソール
の肩紐に加えてブラの線がくっきり。そう、確実に進歩しているのだ。
この日、給湯室はこの話題で持ちきりで、皆一様にカミングアウトの
Xデー確信していた。

そして次の日、白雪姫のちょうちん袖のようなTシャツの胸元は叶姉妹アニキ
ようにはだけて、顔はフルメークでの出社...とうとう化けた。

会社の上司と共に会議室に閉じこもること小一時間、出てくるや否や
私の机にくると、

「黙っていてごめんなさい。私、性同一障害なんですぅ。」

という。もう我慢ができないので年末タイに行って手術をする旨、
そして、1ヵ月前から女性ホルモンを打っているなど、聞いてもいないプラ
イバシーを一方的に話す。

皆さんは、男で入社した同僚が徐々に女にトランスフォームしていくのを
目の当たりにしたこと、ありますか?

冒頭の通り、この障害には一切の偏見がないのだけど、彼の場合はパーソナリ
ティがあまりにハイパーだった。同じチームメンバーに断りもなく手術の
日取りを勝手に決めて二ヵ月の休職。直ったタイミングで復職したい旨、また
休みはすべて有給休暇がデフォ主張の数々で、周囲への配慮は一切なし。

手術後に復帰すると、いかに大変だったか、また恋人ができないうちは患部が
閉じてしまわないように太さの違う3本のシリンダーを駆使して、徐々に広げ
ていくのよ、などと生々しい。これらはすべて老若男女が集う宴会の席で
のたまわれた。巨乳になりたいので、今度はシリコン○○cc入れてぇ、と。
経験から言って、こちらの組合の人々は、人前で自らの性生活を披露して自爆
することが多いように思うのだけれど。

晴れて女性になってからは、嬉しくて仕様がないのが傍目から見ても
分かって、ちょっとかわいらしいと思ったのもつかの間。

ある日客先から帰ってきた彼女のコスチュームは、首の周りにボアを巻き、
コートの下はレザーのボンデージっぽいパンツスーツ。

「まさかそれで客先に..ぃ?」

怯える私に、明石家さんまの引き笑いで、

「さすがにこれはバッグの中よ」

と言ってボアを振り回す。シルバーのミニスカートをはいてきた日は、
落ちた書類を拾うときにパンツ丸見え。他の女性社員に注意されているところ
を振り返ったイケメンに向かって、お股と胸元をおさえながら一言。

「見ないでっ」

あのね、ウチらはあんたが男だったときから知ってるんじゃ。自分だけ
勝手に何にもなかったことにしてるけど、本物の女は会社にミニスカート
はいてきたり、胸元あけて女アピールなんか絶対にしない。

あれだけ小ばかにしていた隣の発達障害男に向かって、グロスで黒光り
するアヒル口アピールとか、エクステとウィッグで盛り髪もりもり、
ドラッグクイーン(アゲ嬢)風の日もあれば、先ほどのミニでキューティ
ハニーみたいになってる日も。

「昨日はナンパされて大変!」

と、自分語り。聞けば声をかけてきた男は風俗のキャッチと黒服、場所は新宿
歌舞伎町とのこと。まっとうな女が1人で歌舞伎町を練り歩くとでも思って
いるのだろうか。まして風俗の勧誘など、決して誇れたものではないのだよ。

こんな彼女でも首になることはなく、客先の担当者たちも大人の対応
を崩すことはなかった。水商売だけはいや、といっていた彼女は日々、インター
ネットでいかがわしい「フロアレディ募集」の広告をチェックしていたが
(隣の発達障害男情報)、とうとう辞めてしまい、音沙汰もなくなった。

もしあなたの周囲で、明石家さんまの引き笑いをする女がいたら、注意して
みてください。

元気かな...
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