猫と海辺に暮らす翻訳コーディネーターの阿鼻叫喚な日々を綴る日記。

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カバラ33
先日のブログでも書いた通り、私がまだ若かりし頃は何か困ったことが
ある度に占い師のもとを訪れいろいろな相談をしていた。

悩み多き乙女の年頃、目の前に開かれていた可能性の扉たち。
一体、どの方向に進めばいいのやら思い悩んだあげく、時に
タロットカード、また時にはホロスコープと、夜空に輝く星々に願いを
こめたこともあったヮ。

それは子供のころに萌えた「人生ゲーム」。未来が白紙の子供だから
こそ、あのゲームに人生をかけられた。今はもう億万長者でも貧乏
農場でもどうでもいい感じ。車のコマに、えのきみたいな子供が10人
乗ったりしたらたちまち生活苦だわ。

年を重ねるにつれて、1つまた1つと音をたててしまる目の前の扉たち。
夢見ることを忘れ干からびてくると、占いも人生ゲームも色あせてしまう。
そんな私が昔好きだった占いの阿鼻叫喚を書こうと思う。

四柱推命という占いをご存知だろうか。中国の陰陽五行説をもとに...
話すと長くなるので、とりあえずいろいろなエレメントの組み合わせで人の
命運を占う東洋のホロスコープ。その組み合わせの中でも有名なのが、
丙午(ひのえうま)である。この生まれは気性が荒く周りの人間の運気を
食い散らかすという強烈な性格をもつといわれていて、それを忌みきらう
風習から実際に丙午年には出生率が減ったりする。

占い好きの友人から、この丙午が私の命式にあると聞き、いてもたっても
いられなくなり占い師のもとを訪ねた。

「丙午があると聞いたんですが。」

テレビ東京レディース4で、三越の干物を売っているような女性占い師。
顔は宜保愛子さんで、お数珠のような大玉ネックレスを首にまき
つけている。

「だいじょうぶよぉ」

彼女によれば、確かに丙午は強烈な星で激烈な性格から、周囲のものを
バッサバッサとなぎ倒す猛獣だけど、これが怖いのは「丙午年生まれ」の
人ではなく、「丙午日生まれ」の人だという。
もしこの日に生まれていれば、生まれながらに何かを背負って生まれてきて
いるのよぉ、と、ここまでノーブレスでしゃべる。

いつ私が丙午年生まれといったのだろう。私が口をさしはさむ余地を
与えなかったがために、告白できなかった。「それじゃ生年月日を」
と、本をめくる彼女の手がとまる。

「あら...」

そう、何を隠そう、その呪われた丙午日を誕生日にもつのが、他ならぬ
私なのだ。

「正確を期すためにカバラとホロスコープも見ておきましょうね」

丙午から遠ざかる彼女。カバラ数秘術は、古代ユダヤの秘事で神秘的な
ベールに包まれている。一般的には生年月日を1桁になるまですべて
足して1から9までの数字で性格を占う。本をめくる彼女の手が
またとまった。

「33....」

どうやら私の誕生数は9までにおさまらず、はみだした11、22、33という
ゾロ目の例外数の1つ。中でも、一番強烈な数字らしい。丙午で逃げた
彼女は、カバラでも同じような性格が出たことに観念し、ここから猛烈な
フォローに打ってでる。

稀代の変わり者で現実生活ではまともに暮らせない波動をもつ
カバラナンバー33でも決してあきらめることはない。丙午も人を
頼らないで強い仕事運を生かせば死ぬまで一人でも生きていけるのっ、
などなど。我ながら本当に切ない。

ぬぐいきれない焦燥感を抱えて、一縷の望みにかけてみる。
宜保愛子ブースを出た私は、隣のブースで鼻をほじるインド人の
占い師にホロスコープを書いてもらい、西洋占星術に救いを求めた。

「海王星、月、合。太陽、水星、木星、合」

何か言っている。ちっともらちがあかない。

「あと2千円でインスピレーション使えるよ」

西洋占星術はどこに言ったのだ。聞いたことのないインスピ
レーション占いとインド人の胡散くささがあいまって、ちょっと
神秘的に感じてしまった私は、言われるがまま2千円を追加。

「キキッ、キキッ」

突然、白目をむいてトランス状態に入るインド人。怖い。

「金星、天王星、海王星、木星」

要約すると、私の魂はこれまでいろいろな星を渡り歩き、今度死んだら
海王星で修行をするかも知れない、という雲をつかむようなお話。
一体このご神託の何をもって今後の人生に役立てようと
いうのだ。

金星人といえば、ルーピー鳩山の嫁と同じではないか。彼女は
縁側から太陽をみる度に「パクッて食べちゃうのよ」。
そして天王星人....言葉の響きから、欧陽菲菲や葛城ユキ、
落合信子といったボヘミアンな人々の顔を想像して身震いをする。

いろいろとコメントが書かれた紙を手渡され、インド人の
ブースを後にした。またやられたわ、と思いながらとぼとぼと駅に向かう
道すがら、私の頭上には宵の明星、金星が輝く。そして、遠い昔に
読んだ本を思い出した。

19世紀アメリカの予言者エドガーケイシーは、眠りにつくやいなや
問題をかかえた人々のアカシックレコードに入り、前世に起因する原因
をとくことで、現状抱える問題を解決するというもの。アカシック
レコードは個人の魂がこれまで生きてきた経験をすべて記憶する
データベースのようなもので、精神的な波動が高い人はここに
到達し人々の過去世を視ることができるといわれている。
リーディングと呼ばれる対話を通じて幾多の問題を解決した彼は、
輪廻転生を是としないクリスチャンの牧師であった。
この過去世探訪により人々の魂が、地球以外の惑星にも生まれ、
それぞれの星がもつテーマに沿った修行を通じて成長し、
また地球に生まれ変わってくるという。

先ほどのインド人が言っていた魂の遍歴とは、果たしてこのことで
はなかったのか、と。もしそうだとしたら、少しだけロマンが
あるな、と思い、遥か頭上に輝く金星で精神修養していたころの自分に
想いを馳せた。

いずれにしてもこれらの知識は、かの「たま出版」の本たち。
ただ、スウェーデンボルグとエドガーケイシーは本物だったと信じたい。

丙午、カバラ33で金星人の過去をもつ私。どれもこれもあたっていない
けど、もう一度人生ゲームにかけてみようかしら。
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アイドル三井比佐子
芸能事務所が総力を挙げてゴリ押しするアイドルたちは、見栄えの良さに
加えて業界を乗り切っていく人あしらいのセンスやタレント性、また
つぶしの利くトークや演技力の数々が求められる。

こうした才能の1つでも開花し、さらに練磨を重ねていけば、芸能界の荒波に
もまれながら手を変え品を変えて、生き残っていくことができるのかも
知れない。

2000年代以降になると音楽があまりに多様化してしまい、もはやアイドルは
モーニング娘。やAKB48など量産体制の時代に入ってしまった。そこで今日は
70年代から80年代のアイドル全盛時代に活躍しそこなってしまったアイドル、
特にその歌唱力にスポットをあててみてみたいと思う。


第5位 浅田美代子さん、風吹ジュンさん、大場久美子さん

こちらは大御所が堂々の同率第5位。このお三方は、アイドルから女優さん
へと転身されて今も現役で頑張っていらっしゃる。

まずは、浅田美代子さんのデビュー曲「赤い風船」。
本当に歌唱力のある70年代歌手の中にあって、浅田美代子さんのデビューは
スキャンダラスの一言。ビブラートなしに切りっぱなしの語尾と不自然なブレス、
聞くたびに違う曲調と音程、それでもピッチのズレは、たまに起こる声の裏返り
程度でとまっていました。あくまでも先駆者としてのインパクトが大きかった
のだと思われます。

風吹ジュンさんは、出す息よりも引く息の方が大きいという不思議な
呼吸法に、天然のかぶせやしゃくりのあわせ技で攻める、とても印象的な歌唱法。
滑舌ももの凄くて、あれれ、と聞き耳をたてている間にフルコーラスが終わります。
デビュー曲「愛がはじまる時」が最大のヒット。

大場久美子さんは、コメットさんの「キラキラ星あげる」を聞いていると
普通に歌っていらっしゃるのだけど、スプリング・サンバですべてが
崩壊した感じ。サンバアレンジだけに、激しいフリとアップダウンの
ある曲調が難しかったのか、出だしの「雲のかなたから光がさしてぇ~ぇ」が
まるでお経のよう。後はよさこい節みたいになって、エンディングなのに
終わった感じのしない、メビウスの輪のような感覚。最近テレビで拝見した
ときは、ごく普通に歌っていらっしゃったのがとても不思議。

第4位 能勢慶子さん

榊原郁恵さんらを輩出したホリプロタレントスカウトキャラバン出身。
デビュー曲の「アテンションプリーズ」を初めてテレビで
聞いた時、一緒に見ていた家族が無言になったのを今も覚えている。
お茶の間を一瞬にして凍りつかせる歌唱力。何か、見てはいけないもの、
聞いてはいけないものを聞いてしまったような後ろめたさと気恥ずかしさ。
第5位のお三方にはない、視聴者を巻き込む超絶な寒さが特徴で、堂々の
第4位をゲット。声の裏返りの連続はスイスのヨーデルか、都はるみのこぶし
を思わせる。彼女の前年に優勝した西村まゆ子というアイドルが
飛びぬけた歌唱力の持ち主だっただけに、ギャップの激しさがまた彼女の
歌の印象を浮き彫りにしてしまった感。現在は、湯島天神で太鼓をたた
たりするとか、よく分からない。

第3位 新田恵理さん

フジテレビプロデュースのアイドル集団、ご存じ
おニャン子クラブの一人。最初で最後のヒット曲「冬のオペラグラス」は
いまだに主旋律がわからない曲の一つ。彼女がしっかり歌ってくれない
と譜面みない限りわからないのよ。同じおニャン子のガラクタを集めたユ
ニット、ニャンギラスの立見里歌さんも香ばしい感じ。「私は里歌ちゃん」
の出だしのなだれ具合や、サビのパッパラパッパーの自己完結和音も
他が真似のできない境地を切り拓いていらっしゃる。

第2位 北原佐和子さん

さて、いよいよ佳境に入ってまいりました。偶然にも2位と1位の2人は同じ
ユニットのメンバーに。まず2位ということで北原佐和子さん。
彼女とこの後登場する1位の三井比佐子さん、それに真鍋ちえみさんを
加えた3人で、無謀にもパンジーというアイドルユニットを作っていた。
ヒット曲「スィート・チェリーパイ」は、普通に歌っているのに
なぜかラップ調。

「スィッチェッリッパイッ、スィッチェッリッパァァァァァァイィッ」

やっぱりラップ。是非一度ご試聴いただきたい名曲。

第1位 三井比佐子さん

まず、この1位は2位までのアイドルと明らかに一線を画した、断トツの首位で
あることをお知らせしたい。他の追随を一切許さぬ孤高の王者。
さらに今後を見渡しても同じような人材は出てこないであろう、不世出の逸材。
しかも、何気に筒美京平で2曲もシングルを出している。デビュー曲は「月曜日は
シックシック」。いかにも何かが起こりそうな予感の胸躍るタイトル。シック
シックは病気病気?
私のポリシーとして直リンだけは避けたいと思ってきたものの、ぜひ
この衝撃を分かち合いたい衝動に負けてここにご紹介。

音程が飛ぼうが、声が裏返ろうが、とにかく引くことを知らないイケイケの
パフォーマンス。暴力的なまでの音痴が聞くものを圧倒する、まさに最上級の
アイドルです。デビュー曲「月曜日はシックシック」(無理やりな
振り付けもお見逃しなく)。当時の彼女をもっとも忠実に伝えていると
思ったので、ニコ動のものをご紹介します。覚悟してご覧ください。

http://www.pideo.net/video/nicovideo/0e37b29eb16cc6ee/


そして続く第二弾「デンジャラス・ゾーン(立入禁止)」も、もの凄い破壊力、
まさにデンジャラス・ゾーン(立入禁止)。事務所はオスカー、作曲もヒット
メーカーの筒美京平氏です。キャッチフレーズは「抱きしめて、青春天使」。
ぜひ今の姿でもう一度この歌を歌って欲しい。前に楽しんでいた「デンジャラス・
ゾーン(立入禁止)」のしょっぱい動画がなくなってしまったので、
今回はデビュー曲だけご紹介。おそらく周囲からの勧めで口パクにしたもの
と思われ、編集できれいにされたものしか残っていません。


番外編としてアイドル歌手からロック歌手ラムーになった菊池桃子さん。
また申し分のない歌唱力を持ち、デビュー曲を大ヒットで飾ったにもかかわらず
転落。そして、最後は日活ロマンポルノに出演した畑中葉子さん(「後ろから
前から」「もっと動いて」)も仲間に加えておきます。

アイドルに関してはまた日を改めて書きたいと思っています。ちょっと
落ち込んだと思った時は、チャコの曲や骨盤がズレる振り付けを見て
元気になってください。

始発電車の住人
私は毎朝、最寄り駅から始発電車に乗って通勤している。
当駅始発に乗るために、行儀よく2列に並んで電車が来るのを待つ。

その列の先頭に、毎朝必ず並んでいる女性がいる。
身長は174cm程、いつも上下のウィンドブレーカーを着用、大きな
ディバッグを持ち、27cm程のスニーカーをはいている。
顔はキムヨナを太らせた感じ。髪は短い癖毛をひっつめてトップで小さな
お団子を作っている。少し猫背で電車待ちの列に並ぶ姿は、幕内の力士
さながらの風格。

いつもはそんな素振りもみせない彼女が、その日は空腹に耐えかねて
いたのだと思う。おもむろにディバッグから取り出した1本のスイスロール。
手元もおぼつかないほどに慌ててプラスチックの包装を解くと、
あろうことか天を仰ぎながら、ガブリとかぶりついた。

関西で節分に行う「恵方巻き」のように、両手で水平に持った
スイスロールを一口食べては、ミルクたっぷりのペットボトル入り
カフェオレで流し込む。そのステップを3回ほど繰り返すと、もののみごとに
スイスロールが消えてしまった。口の周りを右手の袖でワイルドにぬぐうと、
残りのカフェオレを一気飲みして朝食が終了した。この日を境に彼女の
立ち食い朝飯が始まり、先日は20~30cmはありそうな羊羹をむくと、チョコ
バーのように片手でしゃきーんとかじる。じゃがりこを数本まとめて口に
入れたり、カフェオレ片手にからあげくんやきのこの山を口に流し込む勇姿が
木の実ななさんみたいでカッコイイ。

この食事風景は彼女の身長とディバックでカバーされ、列の後ろにいる人
には見えない。隣に立つ私と、向かい側のホームにならぶ人たちだけが朝の
儀式を目の当たりにする。

ゆっくりとホームに流れ込む電車。吐き出される乗客を待ち、彼女は
3人がけの壁際末席に座り、ディバッグからなにやら取り出す。どうやら
嵐の追っかけをしているようで、コンサートか何かの資料のスケジュールを
綿密に確認している様子。

立ち食いはいただけないけど、食べ物を電車に持ち込まれるよりは
100倍マシ。最近は、車内で化粧をしたり携帯見ながらランチパック食べたり、
一体この国の女はどうなっているのだろう。以前、ランチパックのCMで「席朝」
などという言葉をはやらせようとしていたけど、会社の自席で朝食などという
はしたない真似を許すほど、まだ日本人は落ちぶれていないのだ。

申し訳なさそうに大きな体を壁によせて嵐の下敷きを見つめる彼女に
しおらしささえ感じてしまう。

彼女の朝食に目がいくようになってから、ある事実に気がついた。
朝の始発電車を待つ列の先頭には必ずデブが並んでいるということ。
彼らは決まって一番端の座席に座り、そのまま眠りに落ちるのだが、
その後ほかの乗客が入ってきても目を覚ますことはない。この座席の取得
理由は明白で、もし自分があとから乗り込み、左右に人が座っていた
場合、物凄い目で見られることを彼らは知っている。人によっては、舌打ち
をしたりするもの。そんなリスクを避けるために朝5分早起きする世の
デブたちの努力にエールを送りたい。努力といえば同僚のデブ子が昼食の
レタスサラダにノンオイルドレッシングをかけて3枚ほど口にした後、
「もうお腹いっぱいで無理ぃ」「あたしって水を飲んでも太る人なの」という。
日々繰り返されるお昼時の小芝居を見るにつけ、内心、その食事でその体は
ないでしょう、と思いつつ、人前では決して食欲をあらわにすることのない
「デブの少食アピール」を生ぬるい目で見ていた。これは立派なデブの
たしなみである。

それはマンバが流行ったころ。キャミワンピをまとった100kg超級の
ヤマンバが一人で乗り込んできた。キャミの肩紐が肉にめり込んで、
胸に大きな腹巻をまきつけただけように見える。デブなのになぜか貧乳。
ヒップにいたるまで数箇所の締め付けは、おそらくインナーの線だと思い
ながら、靴に目をやる。かつてはピンヒールだったと思われるヒール部分は、
支えきれない体重でさかさまにしたエリンギのように。グレーに染め
られた髪に艶はなく、バッグのビーズが剥げ落ちていぼいぼになっていた。
爪は真っ黒によごれ、おそらくプチ家出を繰り返す汚ギャル系の
種族かと思われた。

顔は明らかに化粧品を消耗する面積だ。
きゃりーぱみゅぱみゅの親友の「げーはーこさん」みたいな感じ。
とても勝てる気がしない。

その彼女は電車に駆け込むや、一つだけあいていた席に無理やり体を押し込む
と、バッグからウェットティッシュを取り出して体を拭きだした。隣の
サラリーマンは、汗ににじんだ彼女の二の腕がスーツに触れるのをしきりに
気にしている。脇をかためたまま、ウェットティッシュをわきの下に押し込
みゴッシゴッシと汗を拭く。短い足がピンヒールで持ち上げられて、スカートの
中身がもはや全開。向かい側に座る高校生が怖いもの見たさで注視して
いるのを目ざとく見つけた彼女は、ありえない大声でガンを飛ばす。

「見てんじゃねーよっ、んバーカ」

車内の空気は100%、耳まで赤くなった高校生の見方。
こういう分をわきまえないデブは前足に重石くくりつけて、印旛沼
あたりに沈めたい衝動に駆られる。どう都合よく考えれば自分が異性の注目を
集めているなどと誤解できるのかしら。座席を陣取って5分以上経っても呼吸が
荒いのはなぜだ?牛乳を拭いた雑巾の臭いを体から放ちながら、ヒューヒュー
と体を拭き続ける女にいたたまれなくなり、私は車両を替えた。

人間には慎ましやかな態度が必要なのだと、心から思う。



ディープなダウンタウン
少し広めのマンションに移りたいと考えていた私は、その日、
不動産屋で荒川区への転居を猛プッシュされていた。

当時の私は、以前錦糸町のブログでも書いた通り、東京の下町全体に軽い
恐怖を覚えていた。多少狭くても新宿区や文京区あたりに住めないかと
聞く私に、荒川区の回し者の担当者がたたみかける。

確かに同じ広さで相場よりも2割ほど安かった。不動産屋に言われるがまま、
数件の物件に案内されたが、すべて荒川区内でのバリエーションである。
しかし、実際に見てみると建物はほぼ新築で、大手スーパーが数件あったり
と生活をするには便利な地の利。不動産屋に押し切られるように、
ちょっとシックな白壁の60平方メートル超の部屋に決めた。町並みは
決しておしゃれとは言いがたかったが、自分の居住空間がきれいであ
ればそれでいいか、と妥協する。

「別に全方位お墓ビューというわけでもないし」

1人には広い2LDKに荷物が少し。その日から休日を使って周囲の散策が
始まった。

晴れた日曜日、マンションを出て道なりにしばらく歩くと、駅に
向かう通りに町並みが続く。この通りは布地を扱う問屋が多く軒を連ね、
服飾系を専門にする奇抜なファッションの学生達が生地を求めて町を
闊歩する。ただし、その裏通りは状況が一変する。一種、昭和にタイム
スリップしたかのようなモノトーンの通り。立ち並ぶ商店の軒先にはでか
でかとハングルや簡体字が躍り、無国籍なアジアを感じさせる。
路地の奥からはけたたましい韓国語や北京語が響き渡りインターナショナル
な感じ。

その足で行き着いた先にあったのはJR三河島駅。見るからに
地味なこの駅が、実は旧国鉄5大事故の惨状だったと知ったのはしばらく
たってからのこと。死者160名の鉄道事故は今の日本では考えられない
被害だ。その後、かつて水泳金メダリストの北島康介が練習したという荒川
総合スポーツセンターの横を抜け、市役所へ。ここの庭には金魚や
鯉のいる深さ20センチほどの池がある。日曜日、この池の周りを簡易性の
椅子が取り囲み、地元の人がニコニコしながら当たり前のように釣り糸を
垂れる。この話は誰にいっても信じてもらえない。

さらにそこから町屋の汚水処理場や火葬場を抜けて、都電荒川線の
終点三ノ輪橋に着くと、駅からは軒先に洗濯物が干された1泊800円
の木賃宿がみえる。お腹がすいたので今川焼を買おうと露天に並んでいると、
口を細くすぼめ、その先から高速で舌を出したり引っ込めたりするおば
さんが現れ、列にならぶ人々を圧倒しながら先頭に割り込んだ。
お店の人から今川焼を受け取ると、代金を払うことなく列を離れていく。
行きとは違い、口からはビュービューと液が噴射されていて香ばしい。
誰もそれをおかしいと思っていない様子である。

ここから歩いてすぐの所に南千住駅がある。駅のそばには大きな碑がたち、
あたり一体をお線香の香りが包む。ここは言わずとしれた旧小塚原跡。
一説には、荒れ野のこの地に人骨がそのまま野ざらしになっていたため、
誰が呼ぶともなく「骨が原(こつがはら)」が訛って、小塚原になったという。

大江戸の風水では鬼門に小塚原、裏鬼門には鈴ヶ森刑場という有名な
首切り場が対角線上に位置している。
かつて杉田玄白が解体新書を著すにあたり、検体として処刑後の罪人の遺体
を集めたり、地下鉄工事の時には万単位の人骨があふれ出した訳ありの
土地柄である。昼間にも関わらず、気のせいか町が暗い。街全体に
薄いベールがかかったような不思議な感覚が漂っている。

ここから浅草方面に向かうと、アニメ「あしたのジョー」で有名になった
泪橋があり、いよいよ吉原や山谷といった極みの地にさしかかる。
かつての赤線地帯からホームレスの人たちのメッカである山谷を横目に
辺りをぐるぐるすると、浄閑寺が目に入ってくる。以前外人の友達と
浅草への道すがらここを通ったときは、日本の伝統文化だとかなんとか
言いながら、かなりの枚数の写真をとっていたっけ。

でもね、このお寺はかつて病に冒されたり、行き倒れになった
吉原の遊女たちが捨てられた、投げ込み寺としてつとに有名なのだよ。
さらに仏具屋に入るや、お盆飾りの灯篭や仏壇の写真もとりまくっていた。
これらがお葬式グッズであることはいまだに話していない。

墨田川を挟んであちらに足立区が見える。また墨田区の玉の井は、吉原の
赤線に対抗して青線地域を形成。裏舞台で日銭を稼ぐ未公認の街娼たち
の町だった。

一通り散歩を終えて家につくと、とてつもない疲労感を感じる、江戸情緒
満点のエリアである。

そして1年後、そのマンションを引き払うことになる。引越しの朝は、
早朝に目覚めた。短い間ではあっても、これまで見たことのない世界に導いて
くれたこの町に名残の思いが沸き起こり、しみじみとして窓を開けた。

するとマンションの隣家に小さなトラックが横付けされるのがみえる。
これまで隣の商店が何の商売をしているか知りもせず、興味もなかった。
昼間でもシャッターが締り、家の壁にはさびさびの松山容子のボンカレー
プレートが外れかけている。そんな商店のシャッターがガラガラと
引き上げられた。
暗闇から出てきた奥様は、剛力彩芽似の恐怖新聞顔。そこにトラックから
積荷が運び出されてきた。

続々と持ち込まれたものは、手足をまっすぐに伸ばして硬直し、目が半開きに
なった豚の死体だった。トラックの運転手は手馴れた手つきでそれを
一つずつ抱えては店内に搬入していた。

一体なんの店なのだろう。

これ以外にも夜になるとノーブラでさび付いた自転車をこぐジェイソン
みたいなおばさんや、自動販売機にウォン硬貨を入れ、日本円のおつりと
飲み物をセットでゲットする韓流の人々を毎日見つけた。

人々のこころを捕らえて話さない、ディープな下町。

今度久しぶりに荒川線に乗ってあの町に出かけてみよう。


ハーブ
自宅から車で1時間程走るとハーブガーデンがある。

自治体の町おこしの一環か、はたまた私企業での設立か。いずれにしても
ちょっと疲れたかなと思ったときは、ドライブがてらハーブティーを飲みに
出かける。

ここにはテラスとレストランが併設されていて、農園で栽培されたハーブを
使ったパスタやデザートを提供している。あたりにはなんともいえない香りが
漂い、ハーブガーデンに近づくだけで気持ちがリラックスしていくのが分かる。

私のお気に入りは自家栽培のフレッシュバジルをふんだんに使った
ジェノベーゼにルッコラのサラダ、ローズヒップのハーブティー。さらに
デザートで甜菜糖のプリン。ハーブティーやジャムを扱う売店には、メタボ改善、
お肌ツルツル、ダイエット、高血圧低下等、用途に応じたハーブティーのブレンド
ミックスがあり、それぞれの単一種類に加え、こうしたブレンドも取り揃え
ている。
表参道の「生活の木」や有楽町イトシアの地下にいけば、100gでウン千円の
ハーブが、ここでは大袋で買うことができる。また、ハウス内ではハーブの鉢植え
や苗木も販売している。

私も用途に応じて、風邪の季節にはエキナセア、花粉の季節にはネトル、
眠られぬ夜にはセントジョーンズワート、そしてヒトカラの後には、蜂蜜を入れた
セージティーを飲んでいる。香りを楽しみたいときはカモミールをブレンド
したり、味を変えたいときは、ペパーミントよりも刺激の弱いスペアミントを
足す。また彩りを楽しみたいときはハイビスカスやマリーゴールドを
加えると心からリラックスできる。

以前はここでラベンダーのソフトクリームも売っていて、味覚、臭覚、視覚
の3つを同時に楽しませてくれた。
また、ハーブの原液を使ったアロマオイルも置いてあり、アロマポットや
ディフューザーも扱っている。リラックスしたい人にとって、ここは
まさに香りの楽園。

体調を崩し蕁麻疹が出たり、鼻炎になったりと、何が原因かわからぬ
ままに気分が落ち込んだ時期、これは対症療法ではなく、根本的な体質を
改善しないといけないと考えた挙句の試行錯誤。その結果、なんとなく
落ち着いたところ...それがハーブとの出会いだった。

いちいち茶葉をポットでいれるのは面倒、といわずに、ちょっとお高めの
ガラスポットを新調して、お茶の時間を作ってみてください。日々を丁寧に
生きるほんの一瞬の一手間で、何かが変わることうけあいです。

ポットのお湯の中を自由に舞うハーブの茶葉とゆっくりとにじみ出る
ほのかな色合いを見ているだけで、きっと心が癒されます。部屋中がいい香り
になる上、特に冬は体を温めてくれて、副交感神経を優位にし、身も心も
リラックスできます。

我が家の石鹸は無添加のローズマリーやペパーミント、バスソルトや
ハンドソープもラベンダー、ハンドクリームはカモミールだったりします。
パスタやクリームスープには、乾燥バジルをたっぷりかけて、鶏肉には
庭のローズマリーを使います。

是非一度試していただきたい自然の力です。

ヒトカラ
日記と銘打ってブログを始めたものの、ここまでを見る限りエッセイ風に
なってしまっている気がする。まぁ、もともとそこまで厳密なくくりではない
のでこのままでいいのかな、と思う。いずれにしても、ブログが「阿鼻叫喚」を
テーマにしているせいか、内容がちょっとシモ系に偏っているのが気になる。

ま、いっか。

今日は私の日常の一コマを書こうとおもう。
ここ数年の私の土曜日はとてもストイックに管理されている。それは8年前、
どうにもこうにも歌が歌いたくなって一人でカラオケに行ったことから始まった。
もともと歌は大好きだったものの、当時まだ一人でカラオケに行くなどという
行為(ヒトカラ)は「私友達がいません」宣言のようなもので、胸を張って
断行できるものではなかったのだ。

でも、歌いたい...

もちろん私にだって友達はいるが、年齢がかさんでくると、主婦になったり、
母になったり、バツイチ、バツニ、果ては死んでいたりもする。
それでは会社の友人はというと、家庭がある人は無理となれば、比較的時間
のある若手に絞られる。でも、カラオケほど世代間格差が生まれる娯楽は
ないのね。その上、音楽の嗜好が微妙に違ったりすると、自分以外の人が歌って
いる時間が苦痛でしかない。何で休日にお金払って苦痛を味わなければならない
のだ?

懐メロ歌ったら、やっぱりその当時を懐かしんで、時代を共有したい。
そうなると、自分から上下5~10歳くらいまでの年齢幅で、非喫煙者、土日休みで
タンバリンを使わない人。さらに、これが一番大切なのだけど、アニソン
歌っても引かない人なんていう究極の身勝手な条件が出来上がってしまう。

そんな人はいないので、ぼっちで歌うことに決めた。これはあくまで
レッスンなのだ。一人が恥ずかしいのは最初だけ、慣れてしまえばどうって
ことないのは、他の人生イベントの始まりと何ら変わりがない。
こうしてヒトカラを始めて数週間、自分のキーが下がっていることに気づ
いた私は、あわててボイトレを受けることになる。

その後、3年間個人レッスンを受け、学校やめた後も毎週土曜日は自分で練習を
続け、今年でとうとう8年になる。どうしても避けられない法事や休日出勤
を除き、こうして土曜朝一のカラオケ通いが続いている。
飽きっぽい私にしては驚異的かつ唯一の継続事項。

長蛇の列に並ぶのが嫌いな私は、開店前ほぼ一番乗りで入店し、4時間から
5時間の目安で予約をいれる。機種はいつも決まっていて(あえて名前を出さない
けど)、ライブ的な臨場感が味わえたり、録音ができたりするあの機種が
お気に入り。歌がメインなので基本オーダーは事前のアイスコーヒーのみ。実際、
歌い始めるとたちっ放しで、一人で選曲、入力、歌唱、歌唱中に次曲選曲、
そして入力の繰り返しになるので何も食べられないのだ。

部屋に入り、照明を消し、音量を調節。アイスコーヒーの到着を待ってテーブル
を隅に寄せると、私のステージの出来上がり。まずストレッチで体をほぐして、
その後、腹筋を使ったブレスの練習、滑舌、そして発声練習をする。水を飲んで、
キーの低めの曲から歌い、徐々に難度やキーの高い、アップテンポな
曲に移行していく。最初から飛ばし過ぎて声帯を痛めるようなことは厳に慎まな
ければ。

暗闇の中で、ステージ上に立ち、喝采を浴びる妄想悶々の中で、何かになり切って
歌うことは至上の喜び。ほんのたま~に経験する「音楽と自分の完全なる一体」体験
をすると、音楽のない人生が考えられなくなる。

歌う順番はテーマ別が多い。

スーパーアイドル曲、消えたアイドル曲、アイドルデビュー曲、洋楽全般(英、仏、
伊)、演歌、アニソン、フォーク、ニューミュージック、ムードコーラス、ロック、
ヘビメタ、オペラ、クラシカルクロスオーバー、ドラマ主題歌、レコード大賞受賞曲
などなどを、手を変え、品を変えてバリエーションをつけていく。たまに2時間
フルで中島みゆきオンリーなどもあるけど、立ち直れなくなることがあるので、
途中キューティハニーを入れて薄めながら進行する。

3年目ぐらいから芯のある声になってきて、5年目ぐらいからかぶせ、しゃくり、
フェイクのバリエーション。ファルセットへの移行がもう少しきれいにできれば
いいな、と思う。

個人レッスンを受けていたときは、学校の提携先であるレコード会社の協賛や、
先生が主催する発表会に参加。地元にNHKののど自慢が来たときには予餞会に参加し
たり、アニソングランプリやローカルテレビ局主催のカラオケ番組に応募も
した。このカラオケ番組では、オーディションには合格したものの、出場記念に
もらった自分の撮影ビデオを見た瞬間、とても電波には乗せられないと本番の
収録を辞退したりした。

テレビがさらに太って見える、というのは本当なのだよ。

カラオケボックスでは、私の爆弾ボイスに触発されて、隣の部屋からもの凄いシャウトが
聞こえてくる。両隣から張り合ってくるものだから本当にウザい。私は決して声量の
多寡が歌唱力だとは思っていない。ボックスでストレス発散の自己満で歌うのと、
観客を目の前に相手を意識した声の出し方で歌うことは天と地の差がある。耳
なじみのよい発声や歌唱スタイルを選択できる引き出しの多さが、真の歌唱力なのか
も知れない。
こういう攻撃的な隣人はたいてい1時間で声がつぶれてしまって静かになる。メリハリ
のある曲の後は、静かめのバラード。のどはしめつけずに、無理のない発声をすれば
何時間でも同じトーンで歌い続けることができるというのに。歌が好きな人は、のどを
大切にしてください。プロの歌手の方でも声帯のトラブルで高音がでなくなって
しまうことがあるのだもの。

私の土曜日は、きっとこれからも続く。今年はニコ動に音源ウプしたい
のだけど、やり方がぜんぜん分からない(笑)。誰か変わりにやってくれるといいな、
と思っている間は、一生できないのでしょう。

アニソングランプリは、これまでの入賞者の顔ぶれや芸能事務所のスポンサー
付きで現実が見えてきて、どうやら私はお呼びでないのが分かった。
そろそろ今年の開催告知が来るので、強引に送りつけてまた玉砕するか、
ネタ枠の滑り込みを夢見るか、もう少し考えようと思う。

世界の怖い夜!今夜はサンタも絶叫SP
世界の怖い夜!今夜はサンタも絶叫SP

先日録りためておいた大好きな心霊特集番組を見る。
チョコレートワッフルとコーヒーを用意し、テレビの前に陣取る。
廊下の電気をつけっぱなしにしておけば、これで後々トイレに行くときも
安心!そして仕上げに嫌がる猫たちを無理矢理周囲に集めて、防備をかためる。
これで準備OK!

古くは「あなたの知らない世界」や宜保愛子さま、稲川淳二さまから
木村藤子女史にいたるまで、この手の番組はずぅっとこのパターンで乗り切っ
てきた。

早速今回のビデオの中で、私の中の1位と2位を決めてみた。

-1位-
母親には見えない知らないおじさんが、子供には見えるというビデオ。
これに登場した「透き通った微笑むおじさん」が果てしなくキモイ。
最初ドア越しに星飛馬の姉状態で半身をのぞかせる立ち位置から、振り返るごとに
時系列で徐々に近づいてくるというお約束。最後は、ふいに振り返った母親の
すぐ後ろで不気味に微笑むおじさんは黒目オンリー...
母カメラ落とす。おじさんの顔と少女の名前から、現場は中国系か。

-2位-
肝試しに行った外人女の3人組が、深夜の心霊スポットで一人うずくまる少女を
発見。捨てられたリカちゃん人形のように座る少女は、顔をふせたまま
動かない。もうどうみてもこの時点で何かがおかしいのだけれど、なぜか
普通に話しかける外人女。

「どうしたの、こんな時間に?」

問いかけた3人(+カメラマン)に振り上げた少女の形相がもはやこの世のもの
ではない。暗闇に映し出された顔は眼光するどく怒りにゆがみ、今にも噛み付かん
ばかりの勢い。四つんばいの貞子姿勢で追いかけてくる。
録画切れる。

ふつうのはこちらの方が100倍は怖いのだが、3人組の1人がデブで興ざめした。
デブには見る者を恐怖に浸りきれなくする何かがある。背中に食い込む
ブラの上下から襲い掛かる贅肉の数々と激しいリバウンドの影。彼女のハンパ
ない体型が滑稽なのはもちろんだが、人ごとと棚上げできない現実を突きつけられて
いるようで、ファンタジーの世界に遊ぶことができなくなってしまうのだ。


こうして、定期的に特集が組まれる心霊ものが大好きで、番組は欠かさずチェック
するけど、未だ「口裂け女」の都市伝説に勝るものはない。

100mを3秒で走り抜け、クサリ鎌を振り回して襲い掛かるものの、ベッコウ飴を
あげるとあっさり許してくれるなどと、本当に訳がわからない。交通事故で口が裂けた
女が、なぜか青森を皮切りに日本全国をねり歩く。噂が噂を呼び、クラスメートが
「本日この町に口裂け女がたどり着いた」と宣言するや、私たち子供の恐怖は
ピークに達した。怖くて別々に下校できなくなったいじめっ子たちは、普段はバイキン
呼ばわりしているジャイ子みたいな女の子を先頭の魔よけにして、
皆で隊列を組んで帰って行った。子供って本当に残酷。

農協のスーパーに現れて飴を万引きをした口裂け女は、皆に見つかるやいなや
時速80kmのバイクを追い抜いて逃げていく。当日、運悪くマスクをしていた
友人の姉は、すかさず口裂け女の一味にされ、ブームがさってもなおしばらくは
遠巻きに見られていた。

そんな口裂け女に、実は姉妹がいたことはあまり知られていない。

有名になった口裂け女を筆頭に、全部で三人。事故当日は、この次女と三女も
同乗していたのだ。
事故で口が裂けた長女は口裂け女に、次女はりんご女、そして三女が
ストロー女。たださすがに全国区の都市伝説だけに、姉妹にも土地土地のローカル
バージョンはあるみたい。次女のりんご女までは結構共通するらしいけど。

姉妹たちも登場の仕方はそれぞれ長女と同じ。深夜の街灯下にたたずみ、通りかかる
人に声をかけるというもの。

事故で胸を失った次女は、おもむろに「私、ボイン?」とささやく。
(エロい....)
聞かれた通行人が「はい」と答えると、「これでもかっ」と言って胸からりんごを取り
出すや見境いなく相手に投げつけ、ボインをほめてくれた恩を仇で返す。
そもそも夜中に道で男捕まえて「私ボイン」とかってどうよ。もし化け物じゃなかっ
たら余裕で痴女か電波女のたぐい。

さらに秀逸なのは三女のストロー女。私ボイン→りんご女、というオチは容易に想像
できるけど、ストロー女が背負ったものは思った以上にシュールだった。

事故で口が裂けた長女とは逆に、裂けた口をほとんど縫い合わされてしまった三女は、
夜な夜な街灯の下で獲物を待つ。「私きれい?」「これでもかっ」のくだりまでは姉妹と
同じなのだが、その後マスクをとって素顔をさらした三女の顔には、
小さな小さな穴だけになった口が・・・そしてそこには、すでにストローがささっているのだ。

そのストローで、通行人を吸うという

人類の想像力に拍手喝采。だって別の意味で本当に怖いんだもの。
次女や、主役の口裂け女もかすむ強烈なキャラ。

穴だけになった口で「私きれい?」とかって。しかもストローまでささってるし。

最初は怖いホラー映画が二作、三作と回を重ねるごとにギャグになってしまう
ように、この姉妹も長女でやめておけばよかったのね。

フレディもジェイソンもチャッキーも最後は笑いものになってしまった。
何作目かで人形のチャッキーが子供をつくるシーンでは倒れそうになった。

今夜はストロー女の夢を見そう。

南京玉すだれ
受験について書いているうちに、苦い思い出が脳裏をよぎる。

それはとある大学の受験会場、試験開始前の緊張に包まれていた私の脳裏に突然
「南京玉すだれ」という言葉が浮かび上がった。
なぜこのタイミングでこの単語が出てきたものやら、今となっては定かではないのだけど、
私の場合、こういうゴロの変わった言葉に脈絡もなくやられてしまうことが多い。
(「おたんこなす」「ずいずいずっころばし」「まえだびばり」「どどいつ」「おどま
ぼんぎりぼんぎりぼんからさきゃおらんと」など。

特に「決して笑ってなどいられない」緊張を伴った状況下で、こうした言葉がつぼ
にはまることしばしば。本来、何の面白みもない「南京玉すだれ」が、この時は
おかしくておかしくてたまらない。

南京玉すだれは、お正月にテレビでみられる大道芸。
「あ、さてさて、さては南京玉すだれ」妙な帽子をかぶった芸人が、能天気な歌
にあわせて踊りながら、すだれを振り回す芸当。タップダンスや芸者の小唄と同じで、
楽しそうなのは本人のみ。見ている方は何が楽しいのかわからないまま、
聴衆を置き去りにして終わるアレである。

これから受験という時に、試験官の注意も上の空で必死に太ももをつねる私。体が
小刻みに震えるものだから、長いすの反対側に座った神経質そうなマスク男が、
うさん臭そうな顔でこちらを見つめる。何よ、それどころではないのだ。しかも
この時は「はないちもんめ」のあわせ技で来たからたまらない。


「隣のおばさんちょっと来ておくれ」
「鬼が怖くて行かれませんっ!」

「お布団かぶってちょっと来ておくれ」
「お布団ビリビリ行かれませんっ!」

「お釜かぶってちょっと来ておくれ」
「お釜底抜け行かれませんっ!」

これは一体どういう状況なのだろう。

「底抜けお釜」や「ビリビリ布団」といった昭和グッズ。それを、隣のおばさんに
かぶらせて鬼!?を防御。そもそも、お釜とか布団が鬼に効力を発揮するものなのか。
さんざん呼びかけさせたわりには、思いっきりお断りしたりと身も蓋もない。
実は悲しい背景に彩られた「花一匁(はな・いちもんめ)」であるとは露知らず、
私はつい最近まで人の名前だと信じて疑わなかった。苗字が「はないち」で
名前が「もんめ」。

芋づるの連想で、わらべ歌にふれた私の記憶は、私の子供時代の南京玉すだれ
体験に逆流し、クラスのおバカな同級生たちがこの歌を好んで歌っていた記憶に
たどり着いた。あれは3年生の3学期、誰が歌い始めたものか休み時間になると
決まって教壇にあがり、手踊り付きで一斉に、

「あ、さてさて」
「さてはなん、きんたま、すだれ」...ワーッ!みたいな

切り位置を変えるだけでこんなに下品な歌に。子供は本能的にこういう下品な
下ネタが大好物である。何が楽しいのか今となってはわからないのだけど、
異常に興奮しては何度も同じ節を繰り返していた。

私の記憶がここまできたところで、笑いのつぼは一通りなりを潜めた。そう、
当時は本当に何がおかしいのかわからなかった。ついそれを口にして友達にハブ
られたつらい体験を思い出し、南京玉すだれは私の心の底に沈んでいった。

きょうび南京玉すだれは、指導DVDがついてアマゾンでも購入できる(「南京
玉すだれもアマゾン!」)。流派やバリエーションも多く、各種保存協会や
カルチャースクールですだれメンバーになれるらしい。あなどってはいけない。
こんなにもマニアックな需要が人知れず人気を博している。

ただ、私が知らなかっただけなのね。

受験
このブログを訪れてくれた受験生のブログを見て、遠い日の自分を思い出す。
そう、今、受験生たちは最後の追い込みに必死な時期なのね。

目いっぱい背伸びした目標設定と、自分の人生に初めて一人で立ち向かうことへの不安、
そして、合格発表の興奮。すべてが昨日のことのように鮮明な記憶として蘇る。

選択していた世界史の見返しが1月の時点で1000年分も残っていたり、赤本の漢文がすべて
白文で涙が出そうになったり。国語に基準点がもうけられていた第一志望では、あの白文の
克服なくして合格ライン突破はなかった。今、思い返せば、つらいながらも
充実した日々だったと思う。

私の場合、受験勉強の建設的な逃避の一つに読書があった。何か別の意味で向上心の沸く
感性多感なこの時期、その後の人生に影響を与えた数々の作品に出会った。

書店で偶然手にとった「嵐が丘」は、イギリスの文学への扉を開いてくれた貴重な一冊。
あの受験時代に夜を徹して読み終えたこの本を片手に、数年後には作者エミリーブロンテの
眠る北イングランドの片田舎Haworthに一人旅までしてしまった。

イギリス特有の曇り空の下、小高くそびえる香料としたヒースの丘に風が流れ、
そして、羊たちの群れのが丘を下る。Brontë Parsonage Museumに隣接する教会には、
私の愛するブロンテ姉妹が眠っていた。

目の前に開かれた海外へのドアに導いてくれた大切な一冊。

受験勉強とそれに続く大学の教養課程は、「世の中にはこんな学問がありますよ」という
サンプル提示の場。そこから興味のあるものを選び取って、自ら深く掘り下げていく。
こうした学びは社会人になっても続くけど、どっぷりと理論的なアカデミズムに浸れるのは、
人生の上澄み液ともいえる贅沢なこの4年間。「こんなコマ切れの知識を覚えて一体何の役に
たつのだろう」と思いつつ、役に立つか役立たないかわからない教養の幅というものが、実は
その後の人生に大切だったりするのかも知れない。

外国人の友達と話をするときに、スタンダールや源氏物語の話題で会話が弾んだり、
落ち込んだ時にふとアランの言葉を思い出したり。大人になって即物的な現実に向き合い
ながら、それでも心がカサカサしないでいられるのは、教養というバネやゆとりのおかげ
なのだと思う。

諦めさえしなければ、そこに道は開けるはず。きっと大丈夫。
全国の受験生がベストコンディションで試験に立ち向かっていくことができますように。

A Happy New Year
そして静かに2013年が幕を明ける。

大晦日の夜8時、ようやく大掃除を終える。毎年年末2週間前になると、
「今日から毎日少しずつ始めれば、大晦日はゆっくりできるし」と思うものの、
今年もこうして例年通り。猫トイレの掃除を仕上げて紅白を見る。

圧巻はなんと言っても頭の成長したミーシャと、いつになく地味なヅラの
美輪明宏。いずれも甲乙つけがたい、この世離れの具合で年の瀬を締めくくるのに
ピッタリの余興だった。やっぱり歌唱力って大切ね。

行く年来る年を見ながらそばを食べていると、年越しを受けた船の汽笛が
遠くに聞こえる。海辺の町に越してきてから、毎年恒例の行事にしみじみとする。

普段はこれといって意識することのない「日本人」という事実をそこはかとなく
感じながら、繰り返し見ているお気に入り、横溝正史シリーズの「悪魔が来たりて笛を吹く」
の途中で眠くなった。

新春の今日は、これから少しステッパーに乗る。
例年、正月の数日を「食っちゃ寝」で過ごしては、デブになるのだ。



それは年末に訪れた美容院でのこと。私は、なるべく鏡の中の自分と視線を合わせない
ようにしていた。
それでも髪を切れば、もはや隠しようのないなだれたフェイスラインや、露わになった
盛り上がる肉の数々。真っ白なカットケープの反射に照らし出されて、美容室の鏡は
本当に残酷。

私の挙動不審さに気づいたイケメンスタイリストが「どうかしました?」というのもだから、
試しに「あの、関西のお笑い女芸人」「はぁ?」「今いくよくるよ」「はぃ?」「の、
デブな方に似ていません?」と振ってみる。

こういう「お客様の自虐ネタ」にどう対応するかで、サービス業の真価が問われるのだ。

そんな私の隣ではドヤ顔のおばさんが、「それじゃ、私いくつに見えます?」と新人
スタイリストに詰め寄っていた。
この質問って、地雷を踏むようなもの。実際より年上に言ったら当然失礼、あまりにも年下に
言ったらリップサービスが丸出しに。年季の入ったおばさんは、そういう見え見えの嘘を
瞬時にかぎ分けてクレームのネタにするのだよ坊や、と心の中で叫ぶ。

私も試したくはなかったけど、自分のデブさ加減を知りたかったから、ちょっと意地悪だと
思ったけど「いくよくるよ」で試してみた。

そして、店内に響き渡るイケメンスタイリストの爆笑。

「そんなことないですよっ」じゃあ、なぜに涙目?
隣では「実年齢の見た目質問」の洗礼を受けた新人スタイリストが、おばさんを送り出していた。
何歳と答えたのかは、こちらがやられてしまったので聞き逃したが、おばさんの満面の
笑みが新人スタイリストの卒のない模範解答を物語っていた。


私は年末ですでに「今いくよ(くるよ?)」だったのだ。この正月でさらに盛ってどうする、と思う。
カルニチン飲んでステッパーに行こう。
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